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路傍伝道ネットワークの予定表

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 5月16日(日)13時44分28秒
  「あっ 路傍伝道 行こう!」〈固定アナウンス〉
https://youtube.com/playlist?list=PLr8l0ngqz6hmqYOs3Y04PKRr2WiOlDiBX (路傍伝道最新の動画)

《目次》
・活動予定
・初めて参加される方へ
・路傍伝道の活動ビデオ

ーーーーーーーーーーーーーーー

?「路傍伝道の予定」(参加者・視聴者募集中)

★5月17日(月)
【第3月曜日定例】
「新宿駅〈東口・中間広場〉路傍伝道」
(18時~20時)〈準備開始17時30分〉

★5月18日(火)
【荒野の旅】
「蒲田駅〈東口駅前広場に14時集合〉路傍伝道」
※上記場所に14時までに集合して、その後主の導きに従って移動して路傍伝道を続ける。参加希望者はご連絡ください。途中からの参加や帰宅も可能です。
(14時~ 2、3時間程度)〈準備開始とスタート14時〉

★5月20日(木)
【埼玉シリーズ】
「越谷駅〈東口〉路傍伝道」
(17時~19時)〈準備開始16時30分〉

★5月24日(月)
【作業】
「路傍伝道新聞発送作業①」
※お手伝い可能な方はご連絡ください。

★5月28日(金)
【東京23区シリーズ】
「高田馬場駅〈早稲田通側歩道〉路傍伝道」
(14時~16時)〈準備開始13時30分〉

★5月30日(日)
【第2日曜日定例】
「大久保駅〈北口〉路傍伝道」
(19時~21時)〈準備開始18時45分〉

★5月31日(月)
(変更)【荒野の旅】
「新大久保駅〈新大久保駅改札口前に15時集合〉路傍伝道」
※上記場所に15時までに集合して、その後主の導きに従って移動して路傍伝道を続ける。参加希望者はご連絡ください。途中からの参加や帰宅も可能です。
(15時~ 2、3時間程度)〈準備開始とスタート15時〉

★6月1日(火)
【山手線シリーズ】
「上野駅〈アメ横入口前〉路傍伝道」
(17時~19時)〈準備開始16時30分〉

★6月4日(金)
【東京23区シリーズ】
「経堂駅〈北口〉路傍伝道」
(16時~18時)〈準備開始15時30分〉

★6月7日(月)
【第1月曜日定例】
「川口駅〈西口・2階デッキ〉路傍伝道」
(17時~19時)〈準備開始16時30分〉

★6月8日(火)
【山手線シリーズ】
「御徒町駅駅〈北口 吉池ビル前〉路傍伝道」
(16時~18時)〈準備開始15時30分〉

★6月11日(金)
【埼玉シリーズ】
「越谷駅〈東口〉路傍伝道」
(17時~19時)〈準備開始16時30分〉

★6月13日(日)
【第2日曜日定例】
「大久保駅〈北口〉路傍伝道」
(19時~21時)〈準備開始18時30分〉

★6月15日(火)
【埼玉シリーズ】
「川口駅〈西口・2階デッキ〉路傍伝道」
(14時~16時)〈準備開始13時30分〉

★6月18日(金)
【千葉シリーズ】
「市川駅〈南口〉路傍伝道」
(17時~19時)〈準備開始16時30分〉

★6月21日(月)
【第3月曜日定例】
「新宿駅〈東口・中間広場〉路傍伝道」
(18時~20時)〈準備開始17時30分〉

★6月23日(水)
【東京23区シリーズ】
「御茶ノ水駅〈御茶ノ水橋口〉路傍伝道」
(17時~19時)〈準備開始16時30分〉

★6月25日(金)
【東京23区シリーズ】
「中野駅〈北口〉路傍伝道」
(15時~17時)〈準備開始14時30分〉

★6月28日(月)
【作業】
「路傍伝道新聞発送作業」
※お手伝い可能な方はご連絡ください。

★6月29日(火)
【東京23区シリーズ】
「東中野駅〈東口〉路傍伝道」
(17時~19時)〈準備開始16時30分〉

★6月30日(水)
【荒野の旅】
「大森駅〈西口駅前広場に14時集合〉路傍伝道」
※上記場所に14時までに集合して、その後主の導きに従って移動して路傍伝道を続ける。参加希望者はご連絡ください。途中からの参加や帰宅も可能です。
(14時~ 2、3時間程度)〈準備開始とスタート14時〉

★7月2日(金)
【東京23区シリーズ】
「経堂駅〈北口〉路傍伝道」
(15時~17時)〈準備開始とスタート15時〉

★7月5日(月)
【第1月曜日定例】
「川口駅〈西口・2階デッキ〉路傍伝道」
(17時~19時)〈準備開始16時30分〉

★7月6日(火)
【埼玉シリーズ】
「越谷駅〈東口〉路傍伝道」
(17時~19時)〈準備開始16時30分〉

★7月9日(金)
【東京23区シリーズ】
「北千住駅〈西口・2階デッキ〉路傍伝道」
(17時~19時)〈準備開始16時30分〉

★7月11日(日)
【第2日曜日定例】
「大久保駅〈北口〉路傍伝道」
(19時~21時)〈準備開始18時45分〉

★7月12日(月)
【山手線シリーズ】
「秋葉原駅〈西口 電気街改札を出て左方向〉路傍伝道」
(17時~19時)〈準備開始16時30分〉

★7月13日(火)
【千葉シリーズ】
「市川駅〈北口〉路傍伝道」
(17時~19時)〈準備開始16時30分〉

★7月16日(金)
【東京23区シリーズ】
「東中野駅〈東口〉路傍伝道」
(17時~19時)〈準備開始16時30分〉

★7月19日(月)
【第3月曜日定例】
「新宿駅〈東口・中間広場〉路傍伝道」
(18時~20時)〈準備開始17時30分〉

★7月20日(火)
【荒野の旅】
「横浜駅〈みなみ西口・大和証券前に14時集合〉路傍伝道」
※上記場所に14時までに集合して、その後主の導きに従って移動して路傍伝道を続ける。参加希望者はご連絡ください。途中からの参加や帰宅も可能です。
(14時~ 2、3時間程度)〈準備開始とスタート14時〉

★7月22日(木)
【東京23区シリーズ】
「御茶ノ水駅〈御茶ノ水橋口〉路傍伝道」
(17時~19時)〈準備開始16時30分〉

★7月23日(金)
【東京23区シリーズ】
「中野駅〈北口〉路傍伝道」
(17時~19時)〈準備開始16時30分〉

★7月26日(月)
【作業】
「路傍伝道新聞発送作業日」
※お手伝い可能な方はご連絡ください。

★7月27日(火)
【山手線シリーズ】
「上野駅〈アメ横入口前〉路傍伝道」
(18時~20時)〈準備開始17時30分〉

★7月30日(金)
【東京23区シリーズ】
「高田馬場駅〈早稲田通側歩道〉路傍伝道」
(14時~16時)〈準備開始13時30分〉

★8月2日(月)
【第1月曜日定例】
「川口駅〈西口・2階デッキ〉路傍伝道」
(17時~19時)〈準備開始16時30分〉

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※有事の際には、予定を変更することがあります。はじめて参加される方は問合せ下さい。

(教文館、CLC、オアシスブックセンターはじめ、日本全国のキリスト教書店やクリスチャンセンターなどを通して新聞を配布しています。購読希望者はご連絡下さい)

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※見学や短時間の参加も歓迎です。

※路傍伝道の集合場所は現地になります。不明な点がありましたら、メッセージ、もしくは、sgr_ch@ybb.ne.jpまで問合せ下さい。

※各活動終了後に自由参加の食事会があります。

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☆ゆうちょ銀行「献金振込先」
(口座名義)『路傍伝道ネットワーク』

★ゆうちょ銀行
記号 10100  番号 72587221
(ゆうちょ銀行以外から)
店名 018  普通 7258722

★郵便振替口座
00100 - 0 - 515129
(ゆうちょ銀行以外から)
店名 019  当座貯金 0515129

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?初めて路傍伝道に参加して下さる方へ?

路傍伝道に参加して下さることを心から感謝いたします。この路傍伝道では、皆さんが一致して楽しく伝道できるように下記のことを注意しながら行っています。ご協力いただけましたら幸いです。

1、チームでの活動です

路傍伝道は、チームの活動です。自由な活動ですが、一致を大切にしています。自分のやり方、自分の情熱に固執するのではなく、神様を中心とした一つのチームで活動をしているという自覚を持って働くようにしています。「何がしたいか!?」より、「何が必要か!?」にフォーカスしています。

「さて、兄弟たち。私は、私たちの主イエス・キリストの御名によって、あなたがたにお願いします。どうか、みなが一致して、仲間割れすることなく、同じ心、同じ判断を完全に保ってください。」(第一コリント1:10)とあるように、①みなが一致して、②仲間割れすることなく、③同じ心、④同じ判断を完全に保つことを心がけています。

主に、「賛美チーム」と「チラシ配布チーム」の2つに分かれて活動をします。基本的に、賜物と召命に従って活動をしていただきますが、場合によっては、足りないところに入ってもらいたい場合もあります。また、新聞やSNSでの広報活動のために、写真撮影をお願いする場合もあります。そのような時には、よろしくお願いします。

2、祈りと献金にご協力いただけたら幸いです

路傍伝道ネットワークの活動は、参加者や支援者の祈りによって支えられています。どうぞ、祈りながら伝道をして下さい。また、毎日のお祈りに覚えて下さいますようお願いします。

また、路傍伝道ネットワークは、参加者や支援者の献金によって支えられています。献金は自由です。活動の最後の時に、献金を集める時間を持ちます。神様から示される額をささげていただけましたら幸いです。また、途中で帰る場合には、献金を箱に入れて下さるか、世話人に手渡していただけたら幸いです。どうぞよろしくお願いします。

3、勧誘はしないようにしています

路傍伝道に参加して下さった方同士が、大会や教会などの他の活動に勧誘したり、ビジネスのお誘い、お金の貸し借り、ナンパなどのお誘いをしないようにしています。

お互いに相手をよく知らない状態で、LINEや連絡先を交換したりすることは差し控えることをお勧めします。過去に、いろいろなトラブルが起こった経緯があります。

路傍伝道ネットワークは、超教派の活動です。様々な教会や宣教団体の理解のもと、参加して下さっている方々の集まりです。特定の教派、団体の利益を越えて、この場所でご一緒に伝道し一人でも多くの方に福音を伝えることを目的として参加していただけたら幸いです。

4、メンバーになっていただけたら幸いです

路傍伝道ネットワークに参加して下さる方々の中には、ビジターとして参加して下さっている方々もいます。心から感謝しています。あちらこちらの掛け持ちで参加して下さっている忙しい方々もいます。活動に参加して下さる時には、活動にコミットして下さり、活動に重荷を持ち、大切に考えていただけたら幸いです。

イベントの一つとして参加したり、いやしや喜びを求めて参加していただくことも感謝です。神様に献身し、仕える心で参加していただけましたら幸いです。また、メンバーになっていただき、そして、神様から特別な使命が与えられた人には、世話人としての活動に加わって下さったら幸いです。

5、一番大切な人と考えて伝道しています

出会う人を一期一会と考えて、すべてを話さなければならないと意気込んだり、押し付けたり、高圧的にならないように気をつけています。出会う人とはもう二度と会わないかも知れませんが、同時に、ずっと関わり続けて行く人と考えて接していきたいと思います。路傍伝道では、その人が、神について考えるきっかけを作ってあげたら十分だと思っています。

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?路傍伝道の活動ビデオ?

☆「路傍伝道ネットワーク 特集番組」
https://youtu.be/ZG5GksfHdf0 (CGNTV)

☆「路傍伝道ネットワーク紹介番組」
https://www.youtube.com/watch?v=G3cDepEvaFc (CGNTV)

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☆ゆうちょ銀行「献金振込先」
(口座名義)『路傍伝道ネットワーク』

★ゆうちょ銀行
記号 10100  番号 72587221
(ゆうちょ銀行以外から)
店名 018  普通 7258722

★郵便振替口座
00100 - 0 - 515129
(ゆうちょ銀行以外から)
店名 019  当座貯金 0515129

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5月16日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 5月16日(日)08時22分11秒
  ?〈5/16(日)本日の一言メッセージ+動画+α】

??「死海写本 これぞ世紀の大発見!」

1947年、イスラエルのクムランで、20世紀最大の発見といってもいい過ぎではない、世紀の大発見がありました。

それまで知られていた最古の旧約聖書写本より、さらに1000年も前に記された写本、死海写本が見つかったのです。

特に第4洞窟からは、最も多くの写本が見つかりました。

死海写本発見の翌年の1948年には、1900年ぶりにイスラエルが建国されたことは、神のタイミングであると感じざるを得ません。

ある日、ベドウィンの羊飼いの少年が、飼っている子ヤギを追いかけながら石を投げると、偶然、死海写本の入った壺に当たり、「カーン!」という音がしたことから、壺に入った死海写本を発見するに至りました。

ベドウィンたちは、見つけた4つの写本をベツレヘムの古物商の靴職人のもとに持っていき、その価値がわからないので二束三文で売り渡してしまいました。

古物商は、古代シリア語の文書かと思い、死海写本を聖マルコ修道院のアタナシウス院長に見せました。

アタナシウス院長は、4つの写本、①「イザヤ書」、②「ハバクク書註解」、③「共同体の規則」、④「外典創世記」を100ドルで買い取りました。

同じころ、ヘブライ大学の考古学教授であるエレアザルとビンヤミンは、ベドウィンたちが発見した写本を、さらに古物商が入手したことを知り、命の危険を冒して、1947年11月29日に、⑤「戦いの書」、⑥「感謝の詩篇」、⑦「イザヤ書」を買い取りにいきました。

1948年1月、ヘブライ大学のエレアザル教授とビンヤミン教授は、聖マルコ修道院のアタナシウス院長のもとにいって、3つの写本のほかに、さらに4つの死海写本を買い取ろうとしましたが、商談が決裂しました。

その後、死海写本の第三者による客観的評価を知ろうとしたアタナシウス院長は、アメリカ・オリエント学研究所の研究者であるトレヴァーに写本を見せました。

トレヴァーは、写本の書体や語法が1898年に発見されたナッシュ・パピルスのものとよく似ていることから、「本物である」と断定しました。

1948年5月には、第一次中東戦争が起こり、アタナシウス院長は、写本を安全のためにレバノンのベイルートに移送し、その後、アメリカ合衆国に移送しました。移送先では、様々な商談がなされますが、最終的にアタナシウス院長が、1954年6月1日のウォール・ストリート・ジャーナル紙に「写本売り出し」の広告を出しました。

「売りたし。四つの死海文書。少なくとも紀元前200年ごろにさかのぼる聖書テキスト。個人・団体を問わず教育機関や宗教施設に最高の贈り物也。」

写本は、イスラエル政府の意を受けたエレアザル教授とビンヤミン教授の息子によって、25万ドル(現在の価値で200万ドル以上)で購入されました。

当初、ベドウィンによって二束三文で売られた死海写本は、買い戻すのに随分高いお金を出すことになりましたが、イスラエルは、最初の7つの写本の全てを入手することができました。

7つの写本は、エルサレムのパレスティナ考古学博物館に置かれましたが、1961年に隣国のヨルダンが、「死海文書はヨルダンの財産である」と宣言したことから、1966年には、博物館もイスラエルの国有化としました。しかし、ヨルダン政府は、それ以降も死海文書返還要求を続けているそうです。

死海写本は、2000年には、「キリスト降誕2000年」を記念して、東京のオペラシティで、「東京大聖書展」が行われ、私も展示会に足を運びましたが、日本でも展示されました。

クムランの洞窟の中で眠っていた時には、ほとんど劣化が見られませんでしたが、展示のために、度々移動しているうちに劣化が進んでしまいました。

しかし、日本のマイクロフィルムの技術により、死海写本は、当初の色合いと姿をしっかりとフィルムに残すことに成功しています。

その後の10年で、さらに200巻の巻物の写本と、数千に及ぶ写本の断片とが発見されています。

旧約聖書のイザヤ書は、全巻の写本が発見されていますし、旧約聖書の他の書も、エステル記を除いて、すべての書の一部が発見されています。

聖書は、信仰によって神の言葉であると信じられて来ましたが、死海写本の発見によって、それを確認することができました。

『「呼ばわれ」と言う者の声がする。私は、「何と呼ばわりましょう」と答えた。「すべての人は草、その栄光は、みな野の花のようだ。主のいぶきがその上に吹くと、草は枯れ、花はしぼむ。まことに、民は草だ。草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ」』 (イザヤ書40章6節~8節)。

目に見えるすべてのものは、必ず過ぎ去ります。私たちは、過ぎ去るものの上に人生の土台を据えるのではなく、何が変わっても変わることがなく、一点一角であっても地に落ちることなく、そのまま成就する聖書の言葉に人生の土台を据えて歩んでいきましょう。

「まことに、あなたがたに告げます。天地が滅びうせない限り、律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。全部が成就されます」 (マタイの福音書5章18節)。

まことに、神様は今も変わらずに生きておられます。


?【動画メッセージ】
「健康も病も気から」
https://youtu.be/Rjb_UlwDLr0


?【市川駅前 路傍伝道】(前半)
https://youtu.be/5AEvUsOQ5l8


?【コロナや問題解決のための祈り】
https://youtu.be/7eCJzicCs6k


?「神様は不思議なお方です」

神様がなさることは本当に不思議です。死海写本の発見と守りも神様の手の中にあったと確信します。また、私自身の生と死も神様の手の中にありました。

小学3年生の時、私が生まれ育った東京都品川区中延にあった東急池上線の無人踏切で、警報が鳴ってしばらくして自転車で通過しましたが、何と電車がギリギリ2~3mまで迫っていたのです。「死ぬ」と思いましたが、間一髪のところで助かりました。

18歳の時、環状8号線をバイクで田園調布から甲州街道に向けてシグナルGPをしながら見知らぬ数台のバイクで競争をしながら走っていたところ、私より少し早く走っていたヤマハのRZ350が目の前で右折して来た乗用車と右直事故事故に遭い、即死するという事故が起こりました。これも本当に間一髪で助かりました。

この他にも、何度も人生の絶体絶命と思えるような危機を間一髪で助かって来た経緯をがあります。生と死はまさに紙一重です。一瞬タイミングが狂っていたら、その時に死んでいてもおかしくなかったのです。これを強運の持ち主と考えるか、神が守ってくださったと考えるか、それは人それぞれだと思いますが、私は、間違いなく神によって守られたと確信しています。その時のことを思い出すと、クリスチャンになった後もうなされるほどでしたが、ある日祈っていた時に、「間一髪ではあったけれど神様に守られたのだから、これ以上思い出して苦しみのはやめよう」と決断しました。「私の命は、少なくても2回、多く数えて10回くらいは守られたのだから、何度も命が与えられたものと考えて、この命を神にささげて、神のために用いていただこう!」と。その日以来、徐々にうなされなくなっていきましたが、思い出すたびに、神への献身を新たに決意しています。偶然ではあり得ない死と隣り合わせの体験だったからです。

あなたにもきっと、そのように偶然では説明できないような素晴らしい体験があると思います。反対に、間一髪で不幸な体験をされた方もいらっしゃるかもしれません。これは、良かったとか、ラッキーだつたとか、不運だったとか、最悪だったなどの言葉では表現できない世界だと思います。もう自分自身で善悪の判断はやめて、神の守りと摂理に感謝をし、退路を絶って、神への献身を決意し、それを新たにする機会としませんか?

「私にとっては、生きることはキリスト、死ぬことも益です」(ピリピ人への手紙1章21節)。
「ただ一つ。キリストの福音にふさわしく生活しなさい」(ピリピ人への手紙1章27節)。
「"神のなさることは、すべて時にかなって美しい」(伝道者の書3章11節)。

善悪は神が決められることです。そして神は、最善以外はなさらないのです。そこに立ち、すべてのことを感謝しながら生きてまいりましょう。私たちには今現在は理解できなくても、やがて理解できる時が来るはずです。

今日も、私たちをはるかに超越した神様を共に礼拝して、一週間をスタートしていきましょう。素敵な一日でありますように。


?【日曜日のオンライン礼拝LIVE】
朝10時半~、夕方16時半~
https://sgr-ch.net
 

5月15日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 5月15日(土)10時37分40秒
  ?〈5/15(土)本日の一言メッセージ+動画+α〉

??「『希望』とは『希な望み』だが」

誰だって、子供のときには大きな夢を見たのではないでしょうか。大人になった今、同じように夢を見ているでしょうか。

大人になって、世知辛い世の中を、衣・食・住の生活の収入を得るためだけに生きてしまって、子供の頃のように夢を見ることを忘れてしまってはいませんか?

子供の頃には夢を見ることしかできませんでしたが、大人になった今は、夢を実現することもできます。

今まで学び、経験し、習得した一つ一つの知識や知恵を総動員し、夢の実現を目指すのです。

もちろん、夢とは簡単に実現しないから夢なのです。努力したくらいで叶うなら夢が現実になったとは言えません。

希望の「希」は、「マレ」と書きます。夢とは、マレにしかかなわないものです。夢を見ることができても、マレにしか実現できない夢をどうやって現実にすることができるのでしょうか?

人間だけが、「不可能」と思えることを「可能」と思えるのです。つまり、夢を見る能力を持っています。それは、自分の力で生きていくのではなく、神の力によって生きていくためにそういう能力が備わっています。

神と共に歩むなら、夢が現実になります。

あなたは、小学1年生から中学3年生頃までどんな夢を心に描いていましたか? その頃の夢の中に、あなたが才能を発揮できる仕事、つまり天職を探すヒントが隠されています。

「時間を忘れてしまうほど好きで好きでしょうがなかったこと」。
「それほど努力しないのに、人よりもうまくできること」。

あなたの脳裏や記憶の片隅に刻みこまれているはずです。

あなたの夢を思い出して下さい。そして、夢をあきらめないで下さい。夢とは、希(まれ)な望み、「希望」です。

実現の可能性は1%未満かも知れません。しかし、神と共に歩むなら、その夢を現実とすることができます。

その夢は、あなたの自己満足に留まりません。社会の役に立ち、この世界を変える力があります。

「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです」(ピリピ人への手紙4章13節)と聖書は語ります。

夢を思い出し、再び夢に向かって神と共に歩んでいきましょう。


?【動画メッセージ】
「イエス様の系図」
https://youtu.be/gl8zWpe6Rz0


?【高田馬場前 路傍伝道】(後半)
https://youtu.be/1Cg9cms4ySE


?「不確定要素はあっても走り続けよう」

新型コロナのパンデミックになってからは、予定を確定しにくい状況になりました。路傍伝道であれば、緊急事態宣言などを受けて、大阪宣教旅行、箱根宣教旅行が中止になりました。また、6月に予定していた静岡宣教旅行を中止の方向で調整しています。また、8月に予定している大阪宣教旅行や11月に予定している栃木宣教旅行も予定をしておりますが、未定としか言いようがありません。これまでは、予定を組んだからば、それをキャンセルすると言うことは、病気になるか、身内に不幸があるかなど、よっぽどのことがなければありませんでした。しかし、マンボウを含め、緊急事態宣言が出された場合には、受け入れ側への配慮もしなければなりませんので、遠方の宣教旅行は中止の可能性が高くなります。一生懸命に準備している側に取りましては、とても残念ではありますし、そこに向けて真剣に準備ができなくなってはいますが、とても自由を感じています。しかし、これが本当だと思います。予定したことに対しては、開催するつもりでしっかりと準備をしなければいけませんが、コロナの感染状況によっては、臨機応変に対応する柔軟さが必要です。

クリスチャンの中には、イエス・キリストの再臨を熱烈に待ち望んでいる方々がいます。私もその一人です。しかし、そこにはバランスが求められます。もう間もなく空中携挙されるから、勉強する必要はない。仕事もやる気がしないし、辞めてしまおう。結構もしないなどなど、すべてを投げ出してしまう人がいます。私は、ルーテルが語ったとされる、「たとえ明日世界が滅びることを知ったとしても、 私は今日りんごの木を植える」という言葉が好きです、明日世が終わるなら、何もかもやめてしまっても構わないはずです。しかし、大切なことを教えてくれています。極論を言えば、私たちは、明日生きている保証もないのです。明日、教会やオンラインで礼拝するのではなく、天国で礼拝することになるかもしれません。でも、やるべきことをやり続けること。天に召されるその瞬間まで使命を果たし続けたいものです。100m走で早く走るためには、ゴールでピタッと止まるように減速して走るのではなく、ゴールの先を目指して走り抜ける必要があります。たとえ、今日か明日天に召されるとしても。そして、ゴールの日が近いのですから、走り続けましょう。素敵な一日でありますように。
 

5月14日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 5月14日(金)07時15分25秒
  ?〈5/14(金)本日の一言メッセージ+動画+α〉

??「偶然か?必然か?」

私たちが住む地球は、23.4度傾きながら、一日に一度自転しています。その速度は赤道付近で時速約1700kmに達します。

光速などを除いて、それより早いのはロケットくらいですが、ロケットの速度は約28000km、地球脱出時には4万km以上の速度で飛び出します。

しかしもっとすごいのは、地球は一年に一度公転しています。その速度は時速約10万7280kmです。

このような猛スピードで動き続けていますが、新幹線や飛行機の中で通路を普通に歩いて移動できるように、地球上を生きることができます。

地球の北極の平均気温は-25度。南極の平均気温は-55度です。

地球の赤道を一周が4万kmですが、その地球の中で、公式の最高温度はアメリカ合衆国カリフォルニア州デスヴァレーで56.7度、最低温度はロシアのサハ共和国オイミャンコ村で-71.2度です。

地球が、もし今より太陽に近かったとしたら、水は存在せず、火の惑星となって人は住めませんでした。

反対に、地球が、もし今より太陽から遠かったとしたら、氷の惑星となり、やはり人は住めませんでした。

少しの誤差であっても、地球が存在する環境が違っていたら、地球の環境は大きく変わっていたはずです。

これを偶然と考える人もいるでしょうか?

しかし、すべての物の背後には、それを造った存在がいます。パソコンも、スマートフォンも、車も、メガネも、時計も、カバンも、偶然にそこにあったものは一つもありません。

今の地球の環境は、偶然存在しているのではなく、誰かが、そのように設計し、造られたのではないでしょうか。

さらに、最も精巧な存在である人間が偶然や進化で存在するなんて、頭のいい人の考えることではありません。

もちろん、科学は大切です。しかし、進化論の証拠はないのです。進化論が理路整然と存在する唯一の場所はどこかご存知でしょうか?

教科書の中だけです。

その多くの証拠とされるものは捏造なのです。

もちろん、仮説としながらも、本当の事を探求する心は大切です。しかし、仮説は仮説どまりとしておかなければなりません。

どうぞ、そのような思い込みという前提を持たないで、自分の頭で考えてみて下さい。

私は、聖書をおとぎ話と感じながら幼少期を過ごしました。しかし、私なりに考え、学び、研究した結果で到達したのが、聖書の創世記に書かれているように、人間を含む全被造物は6日間で、神によって設計され、デザインされて造られたと信じます。

「そして神は、『われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう』と仰せられた。神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。神はまた、彼らを祝福し、このように神は彼らに仰せられた。『生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ』。ついで神は仰せられた。『見よ。わたしは、全地の上にあって、種を持つすべての草と、種を持って実を結ぶすべての木をあなたがたに与えた。それがあなたがたの食物となる。また、地のすべての獣、空のすべての鳥、地をはうすべてのもので、いのちの息のあるもののために、食物として、すべての緑の草を与える』。すると、そのようになった。そのようにして神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ。それは非常によかった。こうして夕があり、朝があった。第六日」(創世記1:26~31)。

人が偶然進化した存在だとしたら、そこに価値を見出すことができません。蚊やゴキブリを殺すように、邪魔な存在を殺しても良いということにつながります。

しかし、人が神に似せて造られたとしたら、人の命と全存在に価値があります。また、人の命は神のものです。人が神に造られた命を故意に殺めることは断じて許されないということになります。

神は、必然的に私たちを取り巻く環境を造り、私たちを創造されたのです。被造物である私たちは創造者に信頼して、心配や恐れをすべて委ねながら、今日一日を楽しみ感謝して歩んでいきましょう。素敵な一日でありますように。


?【動画メッセージ】
「ありのままを受け入れよう」
https://youtu.be/bVJzJ0Io6O4


?【高田馬場前 路傍伝道】(前半)
https://youtu.be/iLy618ca9Y0


?「人生という旅を生きるための知恵」

聖書は人生を旅にたとえます。旅は何が起こるのか、何が待っているのかわからない不確定な要素を持っています。しっかり準備をしたとしてもトラブルに巻き込まれることがあります。旅にはトラブルが付き物なのでトラベルというのでしょうか。旅をする上で大切なことは、トラブルを未然に防ぐ事と共に、トラブルが起こった時にはそれを楽しむゆとりを持つ事です。さらに、トラブルを味方に付けて、旅のプランを変える臨機応変さも必要です。ある場所に立ち寄ろうと計画していても、その場所の営業時間が変わって行けなくなってしまったとしたら、いつまでもそこに行くことに固執するよりも、その場でB案を祈り考えたら良いのです。振り返ってみたら、トラブルがあったことがかえって良かったということになる事もあるはずです。

今日は高田馬場駅前で14時~16時まで路傍伝道を行う予定です。路傍伝道は旅に似ています。その場に集まってみないと、その場所で伝道ができるかどうかわかりません。新型コロナウイルスのパンデミックになってからは、伝道を予定していたところで先に活動をしている人たちがいるという事はあまりありませんが、コロナ以前には度々ありました。場所を変更して伝道をした事で、さらに素晴らしい祝福が待っている事を体験しました。神様がトラブルを用いてより良いプランへと導かれたとしか考えられません。

私たちの今日一日の歩みにおいても、想定外の事が起こってしまうかもしれません。青天の霹靂と思えるような出来事に遭遇するかもしれません。しかし、今日一日も旅の一行程です。トラブルは付き物です。その時には、それを楽しみ、味わい、感謝すると共に、神に相談しながらB案を模索して、神に導かれながら一日の旅路を歩んでまいりましょう。振り返ってみて、「いい一日だった」と思えるはずですので、その事も先取りして感謝しましょう。そのように楽観的になるために、十分に祈り、聖書を心の糧としていただきましょう。素敵な一日でありますように。
 

5月13日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 5月13日(木)10時09分11秒
  ?〈5/13(木)本日の一言メッセージ+動画+α〉

??「あなたがいる場所が『ベテスダの池』になる」

エルサレムには、ベテスダの池(「憐れみの家」という意味)があります。

言い伝えでは、時々主の使いがこの池に降りて来て、水を動かします。

水が動かされた後に最初に入った人は、どんな病気でもいやされると考えられていました。

あるいは、間欠泉が湧いていたことから、時々水が動いたのかも知れません。

病人、盲人、足なえ、やせ衰えた者が伏せって、水が動くのを待っていました。

ある日イエス様がベテスダの池に来られました。

38年もの間、病気にかかって、伏せっている人を見て、「よくなりたいか?」と聞きました。

当時の平均寿命は40年でした。一生の大半を病気で過ごしたのです。

だから、仕方がありません。

病人は、「よくなりたいです」と答えず、言い訳をしました。

「主よ。私には、水がかき回されたとき、池の中に私を入れてくれる人がいません。行きかけると、もうほかの人が先に降りて行くのです」と。

ここでは、誰もが、「我先に!」と、人を押しのけて、池に飛び込むので、一人取り残されてしまうことに対しての悲しみと怒りを吐き出しました。

しかし、人生がうまくいかないからといって、言い訳をしたり、人のせいにしたとしても何も変わりません。

イエス様は、この人に対して、「そんなことではダメだ!」とは言いませんでした。

憐れみの心で、「よくなりたいのか?」と聞かれました。

イエス様の問いかけを聞いて、心の中に「よくなりたい!」という思いが呼び覚まされました。

それを感じ取ったイエス様は、「起きて、床を取り上げて、歩きなさい!」と命令されました。

病人は立ち上がりました。

ベテスダの池には、病人、盲人、足なえ、やせ衰えた者の4種類の人が伏せっていました。

現代にも、体は健康でも、霊的な必要を持った4種類の人たちがいます。

1、〈病人〉・・・自分のしたいことができない状態。正しいことがわかっていても、そうする力がない姿。

「私は、自分でしたいと思う善を行わないで、かえって、したくない悪を行っています」(ローマ7章19節)。

2、〈盲人〉・・・心の目が閉じていて、神の世界が見えず、自分が見えていないことに気づいていない状態。

「イエスは彼らに言われた、『もしあなたがたが盲人であったなら、罪はなかったであろう。 しかし、今あなたがたが【見える】と言い張るところに、あなたがたの罪がある』」(ヨハネ9条 章41節)。

3、〈足なえ〉・・・決心はするのに、足が思うように動かず、自分で自分をどうすることもできない状態。

4、〈やせ衰えた者〉・・・生きる力、立ち向かっていく勇気がなく、「やせ衰えた」状態。

イエス様は、そんな人に近づいて、「よくなりたいのか?」と聞かれます。

そして、「よくなりたい!」気持ちを引き出し、いやして下さいます。

イエス様は、今日、あなたのところに来て下さいます。

聖書を引用します。

ヨハネの福音書5章
1,その後、ユダヤ人の祭りがあって、イエスはエルサレムに上られた。
2,さて、エルサレムには、羊の門の近くに、ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があって、五つの回廊がついていた。
3,その中に大ぜいの病人、盲人、足のなえた者、やせ衰えた者たちが伏せっていた。
5,そこに、三十八年もの間、病気にかかっている人がいた。
6,イエスは彼が伏せっているのを見、それがもう長い間のことなのを知って、彼に言われた。「よくなりたいか。」
7,病人は答えた。「主よ。私には、水がかき回されたとき、池の中に私を入れてくれる人がいません。行きかけると、もうほかの人が先に降りて行くのです。」
8,イエスは彼に言われた。「起きて、床を取り上げて歩きなさい。」
9,すると、その人はすぐに直って、床を取り上げて歩き出した。

イエス様は、心も体もいやして下さる方です。

あなたがイエス様を受け入れるならば、そこがベテスダの池、憐れみの家となるのです。


?【動画メッセージ】
「否定的な結果を期待しないなら」
https://youtu.be/jD14nEczkFw


?【経堂駅前 路傍伝道】(後半)
https://youtu.be/hpXEOOq4mZg


?「ギターの弦を緩める事と人の安息」

ギター楽器は、値段も手ごろですし、持ち運びがしやすい大きさですし、扱いやすく、庶民的な楽器です。日常的に愛用しています。

ギターの演奏が終わった後には、ギターの弦を緩めることが一般には良いとされています。何しろ、弦を張った状態ではネックに70キロもの張力が常時かかっているからです。しかし、その張力がかかり続けることを前提でギターは作られていますので、緩め過ぎることも良くないですし、毎日演奏するような状況ならば、張りっぱなしの方が良いとも言われます。緩めたり張ったりすることでギター本体にかかるストレスがあるからです。

ギターと人間を比較することは単純にはできませんが、人間も毎日張り詰めた状態で生きている方が、調子がいいものです。一言メッセージを3日や7日に一度準備するのと、毎日準備するのでは、毎日やった方が勢いがつきますし、習慣になりますので楽です。仕事も、不定期な仕事よりも、ルーチンワークの方が楽にできるものです。しかし、それを延々とやり続けると体は疲れて、壊れてしまい、倒れてしまうことになります。聖書は、「6日間仕事をして、1日休みなさい」と語ります。人間を造られた神が言われるのだから間違いありません。演奏後にギターの弦を緩めるように、週に1日は安息日を設けたいものです。また、1日一度の睡眠が必要です。そのために、神は、昼は活動しやすいように太陽をのぼらせ、夜は睡眠のために月という最低限の明かりを与えてくださいました。現代においては、人が寝ている時間に仕事をしている人もいますが、その場合は昼間にしっかり睡眠を取っているはずです。さらに、朝起きて1番に聖書を開き、神に祈り、神に聴く時間が必要です。ギターの弦のテンションを緩めるように、神の前であなた自身を緩め、荷を下ろし、力をいただいてから、神と共に1日をスタートしてください。私も気がつくと、休む時間を惜しんで仕事をし、伝道に出かけてしまいやすいです。そうすると心と体が疲れてしまいます。免疫力が下がって病気になりやすい状態になってしまいます。演奏が終わった後にギターの弦を緩めるように、安息をし、睡眠を取り、休息をし、あなた自身も神の前に自分自身を緩め、荷を下ろす時間を持ってください。仕事をして休むという感覚よりも、休みからスタートして仕事を始めることが大切です。仕事好きな人にも、仕事嫌いな人にも、神は、まず安息を命じておられるからです。今日も素敵な一日でありますように。
 

5月12日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 5月12日(水)10時39分33秒
  ? 〈5/12(水)本日の一コマメッセージ+動画+α〉

??「愚痴をやめたら人生が変わる」

最近愚痴っぽいなー、と思ったとしたら、ストレスが溜まっている証拠です。黄色信号です。

愚痴は、心に溜まったストレス解消のために語っているのだと思います。

しかし、愚痴を言うとツキを失い、物事がうまく行かなくなり、さらにストレスを感じて悪循環になります。

愚痴をやめるだけで、悪循環が断ち切られます。口で語ることが、その人の人生を方向づけてしまうからです。

口で語ることが考えとなり、考えが行動となり、行動が習慣となり、習慣が人生を作り出していくからです。

愚痴をやめたらニュートラルになり、悪循環が打ち破れます。

次に、ストレスに満ちた心の奥にあるもう一人の方の声を聞いて下さい。それは、あなたに語る神の声です。

「まことに、まことに、あなたがたに告げます。死人が神の子の声を聞く時が来ます。そして、聞く者は生きるのです」(ヨハネの福音書5章25節)。

あなたが神の声を聞くならば生き、心が穏やかになり、喜びと力に溢れ、平安になります。

聖書は、「心に満ちていることを口が話すのです」(マタイの福音書12章34節)と教えます。

心が変われば、言葉が変わります。喜んでいる人の口から愚痴は出ません。感謝が出ます。

感謝と心の喜びは相互に作用しあって、好循環を作り出します。

愚痴は、悪魔の声を聞いたことが原因で、心配になり、心がイライラし、ストレスが溜まるので、つい語ってしまいます。しかし、愚痴を語ることでさらに不安になり、ストレスが感じるので、悪循環を作り出します。

だから、愚痴を言うのをやめてください。

愚痴をやめると心の静かになり、心の奥底で語る神の声が聞こえるようになります。

神様の声は愛と安らぎと喜びを感じますので、自然に感謝を語るようになり、好循環を生み出していくことになるのです。


?【動画メッセージ】
「一心同体」
https://youtu.be/WfeNLECQ9wM


?【経堂駅前 路傍伝道】(前半)
https://youtu.be/JvLWiJKhyDY


?「悩みから解決される秘訣」
伝道は神様の最大の関心事です。聖書は、「人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです」(ルカの福音書19章10節)と語ります。神様の関心事を私たちの関心事としたいものです。そして、神様の夢を私の夢としたいものです。「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます」(テモテへの手紙第一2章4節)とあります。「私には夢があります。この街(国)のすべての人がイエス・キリストを知り、救われることです」と、あえて街頭で語ることがあります。それを隠す必要はありませんし、自分自身や一緒に働く仲間たちの信仰を奮い立たせ、現象を見て不信仰に陥ったり、神の願いから逸れることがないためです。

神様の関心事を関心事とし、神様の夢を夢とした時に、私の生活の優先順位が変わりました。神の国と義とを第一に求め、神の導きに従って優先順位をつけて生きるようになりました。伝道は、神様と過ごす時間や自分を回復させる時間を除いて、空いた自分の時間のすべてを伝道に費やすようにしています。伝道の中には、路傍伝道のほかに、チラシのポスティングをしたり、SNSや動画やメールなどを通して伝道することもできます。その結果与えられた祝福として、人生においての悩みが激減しました。悩むべき悩みもありますので、悩みのすべてが悪いわけではありません。本当に忙しい時には、悩む暇もないのです。悩みのほとんどすべてが不要な悩みであり、その悩みが人を幸せにしてくれることはありません。悩みは、祈り、神に委ねて解決に向かわない限り人生を苦しくし、破壊します。

皆さんに悩みから解放される秘訣を紹介します。
第一に、悩む暇を持たないことです。何もしない時間を無くすことで、悩んでいる暇がなくなります。
第二に、悩みから目を逸らすのではなく、悩みに対して神に祈り、神に委ね、神からの解決の導きをいたたいたら、すぐに解決させてしまうことです。解決を後に伸ばさないことです。今すぐ解決することです。
第三に、私たちがやるべきこと。つまり、伝道のために時間をささげることです。私とあなたは、伝道するために生まれ、生かされているのです。素敵な一日でありますように。
 

5月11日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 5月11日(火)08時34分14秒
  ? 〈5/11(火)本日の一言メッセージ+動画+α〉

??「アダムの墓」

アダムの墓といわれる場所が、エルサレムのイエス様が十字架につけられた場所の真下にあります。

聖書は、アダムの罪が全人類に罪をもたらし、第二のアダムであるイエス・キリストの流された血潮によって、罪が贖われると教えます。

「というのは、死がひとりの人を通して来たように、死者の復活もひとりの人を通して来たからです。すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです」(コリント人への手紙第一15章21節~22節)。

イエス様の血潮は、カルバリーの丘の十字架の真下にあるアダムの墓にまで染み込んで、原罪の源流までもきよめてしまうという話は面白いなと思います。

しかし、地理的にアダムの墓がイエス様の十字架の真下であったかどうかは別として、イエス様の血が原罪をきよめ、信じるあなたの罪の根まできよめて下さいます。

「御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます」(ヨハネの手紙第一1章7節)。

イエス様の愛に感謝をいたします。


?【動画メッセージ】
「明日の心配はやめて、今を生きよう!」
https://youtu.be/BR7Ca8pLXzI


??【新宿福興教会 母の日オンライン礼拝】
https://youtu.be/p1apJKo9WDg (夕方)


?【御茶ノ水駅前 路傍伝道】(後半)
https://youtu.be/9Ry6SyOOWYQ


※信仰の基本は、日曜日の礼拝を捧げること、信徒の交わりをすること。毎日の祈りと聖書から語りかけを聴くデボーションを持つこと。伝道することです。最近伝道していて、エホバの証人や統一教会だと間違えられることがあります。熱心に宗教の布教をしているのは彼らで、キリスト教の伝道を見たことがないと言うのです。これはショックでした。まずは、クリスチャンが街角での路傍伝道だけではなく、あらゆる方法で福音を知らせて、「救いは完成した。イエス様を信じるだけで救われる」ということを誰も彼もがわかるようになり、伝道している姿を見て「ああキリスト教ね」と、言われるくらいまでに伝道が日常的に行われることを願います。伝道をすることで信仰が強められます。伝道をしたらすべての人が信じてくれるどころか、日本では、100人に伝道しても1人が信じてくれるかどうかの割合で、99人が無関心か、拒否するような割合です。その対応に対して信仰が揺さぶられる経験をするはずです。しかし、自分自身に対して、「本当のところ、私は神を信じているのか?」を問う中で、「神様、私はあなたを信じます」と、改めて信仰の告白をし、信仰が強められていくのです。さらに、伝道することで伝えることにおいても慣れてきますし、長けていきます。よく祈るようになり、聖霊に満たされることの大切さを肌身で感じますので、あらゆる面で成長していきますし、その結果、祝福されます。もちろん、伝道をし、人に教えるけれど、礼拝をおろそかにしたり、信徒の交わりが不足したり、祈りと聖書を開く時間を持たないことがあるとしたら、それはバランスを欠いています。バランスの取れた信仰生活こそが健全な成長を生み出すのです。食事に例えるならば、食事は聖書の言葉です。礼拝し、祈ること、神様と交わることで、聖書が咀嚼され、血肉となっていきます。伝道は運動です。食事をし、それを消化させて血肉とし、体を動かし労働をすることで、霊的に健康な状態になります。信仰のABC、イロハ、あいうえおをしっかりやりながら今日も生きて参りましょう。素敵な一日でありますように。
 

5月10日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 5月10日(月)09時54分22秒
  ? 〈5/10(月)本日の一言メッセージ+動画+α〉

??「苦難の道の追体験 ~ヴィア・ドロローサ〈Via Dolorosa〉」

イエス様が十字架に付けられるまでに辿った苦難の道が14ステージ(留)に分かれています。一つ一つイエス様の苦しみを思い黙想しながら歩きます。

クリスチャンの巡礼者には欠かさないコースです。しかし、にもかかわらず、霊的でもなければ、聖なる雰囲気もない場所ですが、それがまた良いのです。イエス様はそのような雑踏の中を見せしめのように晒され、苦難を受けながら歩かれたからです。

私たちは、今いるところをヴィア・ドロローサとして、約2000年前のイエス様に思いを馳せたいものです。

歴史のイエス様を黙想することで終わるのではなく、昨日も今日もいつまでも変わることなく生きておられるイエス様に目を向けたいものです。

「イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです」(ヘブル人への手紙13章8節)。

今共におられるイエス様に焦点を合わせるなら、慰め、励まし、いやしが与えられます。

イエス様の十字架こそが福音(グッドニュース)なのです。

「すると、主はモーセに仰せられた。『あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる。』モーセは一つの青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上につけた。もし蛇が人をかんでも、その者が青銅の蛇を仰ぎ見ると、生きた」(民数記21章8~9節)。

「モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです」(ヨハネの福音書3章14~15節)。

イエス様を見上げたら救われます。

イエス様の苦難と十字架に思いを集中しましょう。

「私たちの聞いたことを、だれが信じたか。主の御腕は、だれに現れたのか。彼は主の前に若枝のように芽ばえ、砂漠の地から出る根のように育った。彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。しいたげと、さばきによって、彼は取り去られた。彼の時代の者で、だれが思ったことだろう。彼がわたしの民のそむきの罪のために打たれ、生ける者の地から絶たれたことを。彼の墓は悪者どもとともに設けられ、彼は富む者とともに葬られた。彼は暴虐を行わず、その口に欺きはなかったが。しかし、彼を砕いて、痛めることは主のみこころであった。もし彼が、自分のいのちを罪過のためのいけにえとするなら、彼は末長く、子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を彼がになう。それゆえ、わたしは、多くの人々を彼に分け与え、彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。彼が自分のいのちを死に明け渡し、そむいた人たちとともに数えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする」(イザヤ書53章1~12節)。

ここに、あなたが求めているすべての答えがあるのです。


?【動画メッセージ】
「幸せな板ばさみ人生」
https://youtu.be/pycXuF5_UEU


??【新宿福興教会 母の日オンライン礼拝】
https://youtu.be/WZLgZevfg4M


?【御茶ノ水駅前 路傍伝道】(前半)
https://youtu.be/tTYLRju6zbY



※私がバイクに乗り始めたのは16歳です。当時は、こぞって16歳でバイクの免許を取得して、高性能なバイクを乗り回す人がたくさんいました。それに対抗するかのように、「三ない運動」というものが起こり、高校生に「バイクの免許を取らせない」「バイクを買わせない」「バイクの運転をさせない」という社会運動が起こったくらいでした。しかし現代は、バイクの人気は低迷していて、バイク人口は減り、バイクに乗る人の平均年齢がグッと上がっています。そんな中、かつてバイクに乗っていたけれど、しばらくバイクを離れていた年配者がリターンして、バイクに乗る人が増えています。私が限定解除した頃は、教習所で取得できるのは、400ccまでしか乗れない中型免許までで、大型バイクに乗りたければ、難関の限定解除をしなくてはなりませんでした。ところが、現在は大型バイクの免許も教習所で取得できるようになりました。リターンライダーは、もうこの先何年もバイクに乗れないという焦りもあり、大型免許を取得して、大型バイクに乗る傾向があります。それが危険極まりないのです。心は16歳でも体は年老いています。しかも、300kmもでるようなバイクも市販されています。イエス様は、「心は熱していても、体は弱いのです」と、ゲツセマネの園で居眠りした弟子たちを擁護した言葉がありますが、バイクでもそんな世界があり、事故を起こして命を落とす人が少なくありません。体力や年齢やテクニックにふさわしいバイクを選んで乗ると良いと思います。私は、峠最速を目指して走っていましたが、クリスチャンになり、命の大切さと無謀さに気づき、同時、高速道路に乗れる1番遅いと思われるYAMAHAのTW200に乗り換え、今でもスズキのバンバン200という高速道路には乗れるけど速くないバイクに乗っています。それが背伸びしないで乗れるバイクであり、パワーを使い切れますし、私にはちょうど良いです。
神様を知ると、自分を知ることができます。背伸びして、カッコつけて生きたって、神様から見たら滑稽でしかありません。自分の実力や生活レベルにふさわしい生き方がそれぞれの人にあるはずです。人と比べて競う必要はありません。今の自分の実力やキャパを知った上で、そこをスタートラインとして、イエス様と共にそこから一歩一歩歩ませていただけたら、それが1番楽であり、確実な歩みです。今日も、あなたがいるところにイエス様を迎えて、イエス様と共に歩んでまいりましょう。素敵な一日でありますように。
 

5月9日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 5月 9日(日)07時20分8秒
  ? 〈5/9(日・母の日)本日の一言メッセージ+動画+α〉

??「母の日に思う 父と母を敬う祝福」

母の日は、一般的に、「日頃の母の苦労を労り、母への感謝を表す日」とされています。

日本やアメリカでは5月の第2日曜日を祝いますが、スペインでは5月第1日曜日、スウェーデンでは5月の最後の日曜日に祝うそうです。

母の日は、アンナ・ジャービス氏が亡き母親を偲び、母が日曜学校の教師をしていた教会で記念会を持ち、そこで、白いカーネーションを贈ったことが起源とされています。

アンナの母への想いに感動した人々が、母を覚え、母に感謝することの大切さを認識し、1908年5月10日に、教会に470人の子どもとその母親が集まり、最初の「母の日」祝われました。そこで、アンナの亡き母が好きであった白いカーネーションを贈りました。

このことから、母親が故人である人は白いカーネーション、母親が健在な人は赤いカーネーションを胸に飾ることが習慣となりましたが、現在では、母親本人にカーネーションを贈る習慣へと変化してきました。

この機会に母親を覚え、感謝する時がもてたら素晴らしいと思います。

聖書は、「あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである」(出エジプト記20章12節)と語ります。

一ヶ月後には父の日がやってきますが、聖書は、父親だけではなく、母親を敬うように教えます。

それは、父母のためというより、父と母を敬えた人が幸せになり、長寿の祝福が与えられると聖書は語ります。

父母との関係は、一番最初の人間関係です。この人間関係がうまくいっているか?まずくいっているか?で、他の人間関係に大きく影響します。

父親とうまくいかない人は、父は権威を象徴しますので、自分の目上の人、力のある人、権威のある人に対するアレルギーを持ちやすくなります。

時々、牧師である私に、非常に嫌悪感を持つ人に会います。よく聞いてみると、お父さんとの関係がうまくいってないようです。男らしい男性をはじめ、公務員、警察官、政治家など、力や権威のある立場の人に対して嫌悪感を持ち、敵対しています。

ある日、父親との関係がうまくいかない男性にカウンセリングをしました。やがて、「父母を敬わないこと」が罪であるとわかり、父に対する憎しみを赦しに変え、悔い改めのお祈りをしました。祈りながら男性は、嗚咽しながら激しく泣きました。

父親との人間関係が変わり、同時に、他の人間関係が改善され、トゲのない、謙遜で、明るく、ユーモアに満ちた方に変わりました。これが、この人本来の姿なのです。

これと同じように、母親とうまくいかない人も、人間関係に問題を抱えます。

ある男性は、母親とうまくいきませんでした。その母親を通して満たされない愛を女性に求めましたので、若い頃から、恋人がいない時期はなく、同棲生活もしました。やがて結婚をしますが、ほどなくして女性に逃げられてしまいます。現在では、3度の離婚歴があります。この方にもカウンセリングをしました。

母親を赦す祈りをするように促すと、「牧師先生、申し訳ないけれどそれだけはできないよ」と言うのです。しかし、最後は、渋々同意して、一緒にお祈りしてくれました。

祈りながらその方を見ると、静かに涙を流していました。お祈りが終わると、あどけない少年のようなすがすがしい顔になっていました。

祈る前は、母親に虐待され、冷たくされ、見捨てられた思い出しかなく、母親を巨大な怪獣のように感じていたそうです。しかし、母親を赦し、悔い改めの祈りをしたら、急に母親が小さく感じるようになり、何で、この小さく弱い母親を憎んでいたのかを後悔し、「母親にあやまりたい。感謝を伝えたい。しかし、今さらそんなこと言えないよなー」と、素直な気持ちを話してくれました。

聖書が、「父と母を敬いなさい」と語るのは、その本人の祝福のためにです。幸せで、長寿の祝福が与えられ、良い人間関係を築けるようになります。

今日、お母さんが健在なら、電話でもいいので、母親に対して感謝を伝えられたらいいですね。

良い日曜日をお過ごしください。

日曜日は教会に!
朝10時半
夕方16時半
新宿福興教会HP https://sgr-ch.net



?【動画メッセージ】
「信仰によって生きるとは?」
https://youtu.be/nToBvum_L88



?【上野駅アメ横前 路傍伝道】(後半)
https://youtu.be/M-hbbOVeHHI



※昨日、新しい携帯が届きました。iPhone se 第二世代の256ギガの在庫が切れていたので、約一ヶ月待たされました。ヨドバシドットコムで購入しましたが、在庫があれば、夜中に注文して、次の日に届いたこともありました。ほしいものがすぐに手に入るのも、必要な時にはありがたいですが、待たされるのも悪くありません。一昔前は、携帯は2年に一度変える人が多かったと思いますが、iPhone 6sを5年半使いました。私ほど携帯を多用している人はいないと思うほど、路傍伝道に、毎日の一言メッセージに、そして、メールのやり取りを始め、パソコンでやる以外の殆どの仕事を携帯一台でやってきました。最後は、動きが重くなり、壊れる寸前でした。この一ヶ月間、祈るような気持ちでした。新しい携帯を手にして、いつか同じようになると思うと、あんまり使いたくない気持ちになりますが、待たされて、やっと手に入ったので、大切に使いたいと思います。待たされることが忍耐を学ばされ、大切に思うように、すべてのことにおいて、忍耐力は大切な徳です。忍耐することは、誰もが嫌なことだと思いますが、忍耐が必要になった時、希望を持って耐え忍ぶことを選択したいものです。
聖書は語ります。「そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです」(ローマ人への手紙5章3~5節)。
思い通りにいかない患難が忍耐を生み出すので、患難さえも喜ぶのだと。そして、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出す。その希望は失望に終わらないとあります。私が新しい携帯を一ヶ月待ったなんて言うのは、正直忍耐なんて呼べません。しかし、忍耐について考えるきっかけになりました。
すぐに成長できない自分に対して、他者に対しての忍耐。思い通りにいかない環境に対しての忍耐。そして、積極的には感謝をしながら生きる生き方の中に、間違いのない生き方があります。フライングをしたり、罪を犯したりするのは、忍耐ができない結果だからです。
神と共に、一歩一歩を歩ませていただきましょう。素敵な一日でありますように。
 

5月8日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 5月 8日(土)08時23分51秒
  ? ??〈5/8(土)本日の一言メッセージ〉
「笑顔でいられる範囲で生きる」

私は、笑顔でいられる範囲の中で全力で生きたいと思っています。しかし、いつの間にか、イライラしたり、自分が磨り減ってしまっていることがあります。

そんな時、自分を回復させるために、目を瞑って心を神に向けます。横になれる環境ならば、横になって5分でも10分でも心と体を休めます。

そうすると、だいぶ無理をして疲れていたんだなーということに気がつきます。疲れがいやされると、神と心が通じるようになり、祈ることで再充電します。力に満ちたら仕事を再開します。

先日のことですが、実に数分なのに休んだことで、疲れてイライラして仕事をしているよりもはるかに質の良い仕事を、短時間で行うことができました。

笑顔でいられる範囲が私にとって一番力を発揮できます。

もちろん、社会の中を生きていて、いつでも笑顔でゆったり仕事をしているわけにはいかないこともあります。そうですよね?

私は、笑顔でいられる範囲を最大限に広げるために祈り備えます。少しでも笑顔のキャパを広げ、大きくしたいと思っています。その秘訣は、創造者、全能者なる神と祈りを通して交わることにあるようです。

イエス・キリストは、十字架につけられる前にゲッセマネの園で「ひと時の祈りを3回繰り返した」と書かれています。この3回とは、「繰り返し祈った」と解釈することができます。

しかし、「ひと時」とは、「2時間」と解釈することもできます。2時間×3回=6時間です。キリストが十字架にかけられたていた時間も6時間です。

キリストは、十字架での6時間の戦いに勝利するために、ゲッセマネの園で6時間の祈りをささげだと言うことことができると思います。

十字架の戦いは、人類最大の戦いですから、それだけの時間、しかも、血の汗を流すほど熾烈に戦いわなければなりませんでした。そこで、キャパが最大限に広げられて勝利できました。

キリストがこの地上を歩まれた時には、集中的に断食して40日間祈ったり、徹夜して祈ることもありましたが、毎朝祈ることが習慣でした。しかし何より、どんな時にも絶えず祈っていました。キリストでさえ人間の姿を取った時には祈りが必要だったのです。

そうだとしたら、まして私たちはもっと祈りることが必要です。

祈りこそ力がです。祈るなら力が与えられ、キャパが広げられます。神+私=無限大です。

さあ、今日も祈りからスタートし、祈りを通して力を得て、笑顔で歩める範囲で歩んでいきましょう。人生は楽しいものです。

狭い日本、そんなに急いでどこにいく?
短い人生、そんなに急いで何をする?

慌ただしくやって何時間もかかることが、祈ったら短時間で良い生き方ができます。



?【動画メッセージ】
「とにかくやろう!」
https://youtu.be/GsqNrOV1wnI




?【上野駅アメ横前 路傍伝道】(中盤)
https://youtu.be/-yelIZfj3z0



※土曜日は私にとっての一番の安息日です。日曜日の前に、できるだけゆっくり過ごし、聖書と祈りや運動なども時間に追われないで行います。これだけで至福の時です。しかし、ひとつだけ課題があります。1回~3回分の説教の準備をします。牧師にとってこれが1番時間がかかることであり、重要な仕事の準備です。しかしこれを仕事と思ってやったり、時間に追われながらやるとかえってうまくいかないし、時間がかかってしまいます。今日一日でこれだけをすれば良いと考えるとゆったりした気持ちになり、かえってはかどるのです。
仕事をする上で大切なことは、緊急性のない重要なことからやることです。緊急性があることは、緊急になる前にとっくに終わらせているか、人の臨終に立ち会うとか、お葬式など、本当に緊急な時にすぐに対応ができるようにしたいと思っています。また、最初副業ではじめたこの一言メッセージ、ティリー動画メッセージの準備と配信に何時間もかかりますし、路傍伝道も準備や移動時間を含めると数時間から半日時間が必要になります。それに加えて、食事や家族との時間、友人と過ごす時間、そして、教会の仕事、メール対応、同時進行でやっている様々な事業などを考えたら、1日に何時間あっても足りないです。
しかし、前述のように、本当に重要な仕事が、緊急にならない前に終わっている上に、神様との時間を1番大切にしているので、時間に追い回されないで、ゆとりが生まれ、笑顔でいられる範囲で過ごせるのだろうと思います。自分が良いと思っていることを分かち合えることは幸せです。今日も読んでくださってありがとうございました。素敵な一日でありますように。
 

5月7日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 5月 7日(金)08時30分24秒
  ? ?〈5/7(金)本日の一言メッセージ+動画+α〉

??「順境の日、逆境の日」

聖書には、「順境の日には楽しめ。 逆境の日には考えよ」(伝道者の書7章14節)と書かれています。

物事がうまくいき、好循環の時には、楽しんだら良いのです。

しかし、物事かうまくいかない時には、立ち止まって考え、冷静になる必要があります。

ジタバタし、あわてても、悪循環から抜け出せなくなるからです。

神様は私たちに、順境と逆境を交互に与えて下さいます。

逆境ばかりだとつぶれてしまうし、順境ばかりだと思い上がってしまうからです。

今日、あなたはどんな状況の中に生きていますか。

順境でしょうか。逆境でしょうか。

順境なら、それを楽しみ、そこにあるゆとりを逆境の中にある人のことを祈ったり、考えることに使って下さい。

逆境にあるなら、立ち止まって考え、神に祈って冷静になり、順境の日を思い出して、力を得て下さい。

生きている限り、順境と逆境が交互にやって来ます。

それらに処する秘訣を聖書から学び、それを人生と実生活の中で適用して下さい。

順境も逆境も、神にあっては恵みなのです。

ゆえに、すべてのことを感謝して受け止めていきましょう。

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです」(テサロニケ人への手紙 第一5章16~18節)。



?【動画メッセージ】
「本当の弱さと本当の強さ」
https://youtu.be/UPsC8vVk27A




?【上野駅アメ横前 路傍伝道】
https://youtu.be/GAQvBcaZ9Rw



※順境の時には、人はほとんど何も考えていないものです。しかし、逆境に陥ってはじめて、人は考えるようになります。逆境に陥ってこそ、人は自分の弱さを嫌と言う程知らされるようになります。プライドが崩され、裸になって、神の御前に進んでいけるのです。主は、逆境を用いてあなたを招いておられるかもしれません。主は、順境を用いてあなたに喜びを与えておられるかもしれません。今日、どんな状況の中にあっても主を見上げ、主を呼び求めていきましょう。素敵な1日でありますように。
 

5月6日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 5月 6日(木)09時33分40秒
  ? 〈5/6(木)本日の一言メッセージ+動画+α〉

??「愛を待って生きていきましょう!」

世界のクリスチャン人口は、人口比にすると3人に1人の割合になります。二十億人以上います。それだけの数の人がいたら、あらゆるタイプの人がいるはずです。

クリスチャンは、信仰によって義と認められていますし、神の目から見たら聖なる者と見て頂いています。

しかし、同時に、救われた罪人です。

世の中には、いい人がいると同時に、問題のある人もいます。いろいろタイプの人がいます。

クリスチャンの世界においても同じです。

ある問題を相談してアドバイスを求めたり、お祈りの依頼をした時、いろいろな反応が帰って来ます。

ただ話を聞いてほしい。あるいは、ただ祈ってほしいだけの場合があります。

しかし、「これはあなたの何々が悪いからです!」と、善悪を裁いて来たり、「悪魔の仕業だから、何々をしなければなりません!」などと説教されることがあります。

その対応で傷ついて、相談しなければ良かった。お祈りの依頼をしなければ良かった、とかえって気分が悪くなることもあるものです。

正論を言っていたとしても、愛がないならば、それが相手に役に立たないばかりか、深く傷つけてしまいます。

そうならないために、こちらがまず気をつけなければなりません。

私は、相手のキャパやキャラを理解して、問題があった時には、少しずつ小出しに相談したり、祈りの要請をします。

何でもかんでも話されても、受け止める側も迷惑ですからね。

反対に、こちらが相談を受けたり、祈りの要請を受ける時には、相手のわらじを履くかのように、立場に立ち、相手の目線で考え、愛を待って、それにふさわしい対応をして差し上げたいものです。

「愛がないなら、何の値うちもありません」(第一コリント13章2節)。

「こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です」(第一コリント13章13節)。

しかし、愛は神から来ます。

「神は愛です」(第一ヨハネ4章8節)。

人から傷ついた経験は宝です。

「人を傷つけたくない!」という願いを起こさせてくれるからです。

そのようにして、人は優しくなっていくのです。

もちろん、愛が、「何でもいいよ、いいよ」ということではありません。

愛には、相手のことを思うあまり、厳しさとしてあらわれることもあります。

しかし、その厳しさも、人から傷つけられた経験や失敗した経験があると、優しい言葉を使ったり、相手の立場に立って叱ることができるのではないでしょうか。

愛がすべてです。愛を持って生きていきましょう!



?【動画メッセージ】
「幸せな結婚と良い出会い」
https://youtu.be/w41h-tqaL0I



?【路傍伝道ネットワークのホームページに載せる予定の挨拶動画】
https://youtu.be/NgASS-Olfws



?【川口駅 路傍伝道】(facebook)
https://www.facebook.com/100001612036760/posts/4330111453719213/?d=n (後半)



※政府は、緊急事態宣言を2週間から1ヶ月程度延長するとの見解を示しました。当初の予定では5月11日までの予定でしたので、最大6月11日まで延長の可能性があります。このことによって室内で行われるイベントなどの中止の可能性が出てきました。当事者としては、「勘弁してほしい」という気持ちになりますが、コロナのpandemicが収まらない限り仕方がありません。東京五輪が開催できるかどうかも不透明な状況です。今日は熊本県で聖火リレーが行われています。明日が見えない状況の中、走っても無駄ではないかと感じないわけではありませんが、そんなことを言い出したら何もできなくなってしまいます。新型コロナのpandemicになったから、明日が見えない状況が認識できますが、人はみないつまで生きられるか誰にもわからないのです。明日生きているつもりなので、今日、明日の準備をすると思います。「明日生きている保証がないから、何もしません」とは言わないのです。しかし、明日生きていなかったとしたら今日の準備が無駄かと言うと、そうではありません。神と共に、天国に向かってのプロセスである今日を今を生きているのです。すべてに意味や価値があります。今日も、神の言葉である聖書を開き、耳を傾け、祈り、神に聴きながら1日を過ごしていきましょう。この瞬間は永遠の今なのです。永遠の天国に向かって、天国に通じる人生を歩んでまいりましょう。
「なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。それこそ、人の子があなたがたに与えるものです。この人の子を父すなわち神が認証されたからです」(ヨハネの福音書6章27節)と聖書は語ります。
では、永遠のいのちに至る食物のための働き、わざは何でしょうか?
「すると彼らはイエスに言った。『私たちは、神のわざを行うために、何をすべきでしょうか』。イエスは答えて言われた。『あなたがたが、神が遣わした者を信じること、それが神のわざです』」(ヨハネの福音書6章28~29節)とあります。
つまり、神が遣わされたイエス・キリスト信じ、生きることです。
素敵な一日でありますように。
 

5月5日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 5月 5日(水)09時57分3秒
  ?〈5/5(水・こどもの日)本日の一言メッセージ+動画+α〉

「こどもの日。感謝をささげよう」

今日は「こどもの日」です。

「こどもの日」は、国民の祝日の1つで、「こどもの人格を重んじこどもの幸福をはかるとともに母に感謝する日」として、1948年に制定されました。

中学生頃までは、「こどもの日」に該当すると感じましたが、それ以降は、あまり関係ないと感じるようになりました。

大人となり、こどもの父親になりましたが、同時に、自分の親から見たら今もこどもです。

さらに、神様から見たら、「神のこども」です。

聖書は、「すべての人が神によって創造された」と語ります。

「天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです」(コロサイ1章16節)。

聖書は、すべての人が「神のこども」ではなく、新しく生まれた人が「神のこども」であると教えます。聖句を引用します。

「この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである」(ヨハネの福音書1章12節~13節)。

「神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、『アバ、父』と呼びます。私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます」(ローマ8章14節~16節)。

次に聖書は、救われる前の私たちは、「生まれながら御怒りを受けるべき子である」と教えます。

「私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行い、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした」(コロサイ2章3節)。

人は、生まれながらにして「神の怒りの対象」であるという意味です。恐ろしい「悪いニュース」です。

しかし、同時に「良いニュース」があります。

その神の怒りは、イエス・キリストが身代わりに引き受けて十字架で死なれたのです。

「キリストの十字架と復活が私のためであった」と信じる人は誰でも、「怒りの子」から「神のこども」に変わります。

キリストの救いを受け入れるならば、大人であっても、あなたも「神のこども」です。

信仰とは、神が「天のお父さん」で、私が「神のこども」であるという関係で生きることを指します。

「宗教」とは、人が神や救いに到達する努力です。

しかし、「信仰」は、神が私たちに与えられた救いを受け入れ、神と私の親子の関係で生きる生き方です。

今日の「こどもの日」は、こどものための祝日が、「神のこども」とされた人も「神のこどもの日」として、自分のためにあると考えたらどうでしょうか。

「この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである」(ヨハネの福音書1章12節~13節)。

「神のこども」は、世界中に20億人以上います。実に、地球上の全人口の3人に1人です。

日本でも100万人くらいいます。

ある人は、「日本には日本の宗教がありますから」と言います。

しかし、クリスチャンになるということは、外国の宗教に入ることではなく、自分を造られた神と親子の関係で生きることです。日本人、韓国人、中国人などのアジア人、欧米人、アフリカ人などとは関係ありません。

「こどもの日」とは、「こどもの人格を重んじこどもの幸福をはかるとともに母に感謝する日」でもあります。

あなたを造られた神は、「神のこども」であるあなたの人格を重んじ、幸福を願っておられる方です。

あなたの両親を敬い、創造者である神に感謝をささげましょう。



?【動画メッセージ】
「笑顔の効果」
https://youtu.be/grtYoRcXOg8


?【新宿福興教会 オンライン礼拝】〈夕方〉
https://youtu.be/7Zxq8Du6bFo


?【川口駅 路傍伝道】(facebook)
https://www.facebook.com/100001612036760/posts/4329854917078200/?d=n (中盤)


※「こどもの日」の「コドモ」は、最近では、「子ども」と表記されることが多く見られます。実際にあるアンケートの結果を見ても一目瞭然です。「子ども」と書く人が63.3%、「子供」が25.4%、「こども」が5.4%、「特に意識していない」が6%です。「こどもの日」の「こども」は1番少数派です。しかし、昨日の「みどりの日」と並べてみると、これはこれで良いですね。ところで、PTA役員をすると「コドモ」をどう表記するかが必ず話題になります。そんなのどうでもいいんじゃないかと思わなかったわけではないですが、それが大きな問題となり得ることを痛感しました。本当は、どちらが正解というのはないのですが、「女子供」というように、「付き従う者」という感じが好ましくないとか、「子ども」とした方が柔らかい感じになるなど、人権やイメージというのは現代においては大切なのでしょう。例えば、東京五輪組織委の森会長、女性蔑視発言問題で辞任に追い込まれたことは記憶に新しいと思いますが、言葉一つだけの問題ではないですが、そういう出処進退にまで発展しかねないような問題となり得ます。しかし、本質的に考えたら、それは文字や言葉だけの問題ではなく、目に見えない心のあり方が問われます。「人」という字は、長い棒と短い棒が重なって「人」という字になっているように、神と人が正しい関係を持つこと。そこに人間のあるべき姿があり、健全な精神が宿るものです。もちろん、人は一瞬にして変われません。もっと正確に言えば、変わったようで、揺れ戻しがあり、かえって悪くなることもあります。人格は一朝一夕にして形成されるのではなく、時間がかかって形成されます。同時に、「木は実によって知られる」と聖書が語るように、神と共に歩むならば、必ず人格は変えられていき、良い実を結ぶようになります。そして、誤魔化しようのない事実として、人はどんな実を結ぶかでその人そのものが計られるものです。今日、神の子どもとして、神との関係を和解させてくださったイエス様を通して、確かな関係を深めていきたいですね。人は未熟なゆえに失敗することもあり得ますが、敗者復活は必ずできます。セカンドチャンスはいくらでも与えらます。神と共に、歩んでいきましょう。素敵な1日でありますように。
 

上野駅 アメ横入口 路傍伝道

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 5月 4日(火)20時59分13秒
  「あちこちの駅前で会う男性と再会を喜んだ」
5月4日(火・みどりの日)16時30分~19時【ふらっと伝道】『上野駅アメ横前』

上野に出かけたついでにアメ横入口前で路傍伝道をしました。神様がこの地上であとどれくらい生かしてくださるかわかりませんが、空いた時間のほとんどすべてを伝道したいと思っています。特に、どこかにでかけたら、その帰り道に伝道をしたいと思っています。この日の上野は、桜の季節に比べると人は多くはありませんが、GWだから上野に来ているというような人たちが多くいました。街頭説教に反応する人が多くいました。毎回のようにリピーターで立ち止まって聴いてくださる方との再会もありましたし、御茶ノ水駅、高野馬場駅、田端駅などあちこちの駅前で会う男性と再会をし、写真を撮りました。喉が枯れかけていて、体の疲れを感じましたが、伝道をしているうちに調子良くなり、疲れも吹き飛びました。伝道をしていると、ダイレクトに聖霊の力を感じますが、今日は特に聖霊の力を身近に感じました。また聖霊の導きによってみどりの日にちなんでの話をしながら福音を語ることができました。
 

5月4日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 5月 4日(火)09時21分27秒
  ? 〈5/4(火)本日の一言メッセージ+動画+α〉

??「あなたはあなたの管理人」

人は、無意識ですが、何らかの言葉を自分に語っています。

言語化されていないので、普段意識することはありません。

多くの場合、「なんてダメな奴なんだ!」「バカな人間だ!」「この程度しかできないのか!?」「スタイルが悪い!」「顔が悪い!」「太っている!」「頭が悪い!」などの否定的なことを言ってさげすんでいます。

これらの言葉を語ることで、自分の長所を無視し、自分の可能性を否定しています。

あなたが自分をさげすまなくても、あなたを責める人はいくらでもいます。あなたまで一緒になって自分をさげすむ必要はありません。

あなたのいのちはあなたのものでしょうか?それとも、借り物でしょうか?

あなたを造られたのは神です。だからあなたは神のものです。

そして、マンションに管理人さんが常駐しているように、あなたはあなたの仲で常駐している管理人です。

管理人は、所有者の意思に従って管理することが求められます。

神があなたの所有者である根拠はどこにあるでしょうか?

聖書には、「・・・神は、『われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。・・・』と仰せられた」(創世記1:26)と書かれています。

あなたは神のものであるだけではなく、神に似た素晴らしい人なのです。

神があなたをさげすんだとしたら、「その通りです」としか言いようがありません。

しかし、神はあなたに向かって、「素晴らしい!」と言われたのです。

「そのようにして神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ。それは非常によかった」(創世記1:31)。

これからは、あなた自身の管理人として、あなたがあなたに語る言葉も管理していきましょう。

神があなたを見ておられるように、あなたもあなた自身を見、語り、扱って下さい。

つまり、あなた自身を、神に似た無限の可能性を持った人として見て、励まし、慰め、応援して、自分らしく、ありのままの姿で輝いて生きられるように管理して下さい。



?【動画メッセージ】
「感謝と謙遜」
https://youtu.be/DgPDWrsCq6I



?【新宿福興教会 オンライン礼拝】〈夕方〉
https://youtu.be/7Zxq8Du6bFo


?【川口駅 路傍伝道】〈短い動画〉
https://youtu.be/0vaBAIBgxVU
https://youtu.be/TEocIdsHDYw
https://youtu.be/dskd2EJYhaA

https://www.facebook.com/100001612036760/posts/4329789937084698/?d=n (facebook 前半)



※ 「神と共に、事に仕える人生」
本日5月4日は、「みどりの日」です。「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ国民の祝日」とあります。
元々「みどりの日」は、昭和天皇の誕生日でもある4月29日でしたが、昭和天皇が生物学者であり、自然を愛したことから1989年より「みどりの日」という祝日となり、2007年より、4月29日が「昭和の日」となり、みどりの日は5月4日に移動されました。
今年のGWは、4都府県で緊急事態宣言が出されていますが、ソーシャルディスタンスを確保し、みどりを楽しむ1日になれば幸いですね。
私は、これから上野に向かい、1日中上野で過ごします。来年のジャパンハーベストのために上野の音楽堂前で祈り、打ち合わせをします。夕方は路傍伝道をする予定です。予定に入っていない路傍伝道ですので、ふらっと伝道です。これが私にとっての休暇です。
若い時は、特に仕事を選んではいけないと思って、与えられた仕事を何でも取り組んできました。仕事を選り好みして、「これはしますが、これはしません」と言う人がいます。自分で自分を制限してしまっているのです。もったいないです。「したくない」と思っていたことが天職になることもあり得ます。「仕事」とは「事に仕える」と書きますが、事に仕える中で、自分でも気が付かなかった使命に気付かされることがあるものです。私は、人が考えた牧師の枠に捉われないで、神様が菅野直基にやらせたい事という枠で生きたいと思います。ですから、神様の導きと神様の許しのもとで舞い込んできた仕事を喜んでさせてもらいますので、人が考える牧師の仕事の枠を超えて行っている仕事もあります。自分で自分の枠を決めてしまうと窮屈になります。しかし、神様が定められた枠で生きると自由です。神と共に生きるなら、事に仕える仕事をしていても、心は安息し、さながら休暇を過ごしているようです。
神と共に、素敵な1日を過ごしてください。
 

5月3日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 5月 3日(月)08時37分45秒
  ? ??〈5/3(月)本日の一言メッセージ+動画+α〉

「翼におおわれて守られている」

小鳥は、自然の恐ろしさを知らず、力も弱いので、敵に遭遇したら、ひとたまりもありません。容赦なく命を奪われてしまいます。

私たちも、小鳥のように、現実の厳しさと霊界の悪魔の悪巧みを知ってそれに対処しないとボロボロにされてしまいます。

「盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです」(ヨハネの福音書10章10節)。

悪魔は、私たち人間を「盗み、殺し、滅ぼす」存在です。悪魔、悪そのものです。

今日あなたは、人の言葉や人間関係で傷つき、心が痛み、ふさぎこんでいることはないですか?

もしあなたが疲れて、重荷を負って、苦しんでいるとしたら、小鳥が親鳥の羽の下につつまれ、おおわれ、そこでいこい、いやされるように、神様のつばさの下に身を避け、保護してもらって下さい。

「主は、ご自分の羽で、あなたをおおわれる。あなたは、その翼の下に身を避ける」(詩篇91編4節)との聖書の言葉があります。

私たちは、このようにして神様におおわれ、守られています。どんな苦しみや問題があっても、翼の下に身を避け、主と共にこの一日も過ごしましょう。



?【動画メッセージ】
「感謝に変わる」
https://youtu.be/cuUP681wXFE



?【新宿福興教会 オンライン礼拝】
https://youtu.be/1kaRmTCuCpA



?【経堂駅 路傍伝道】(限定公開動画)
https://youtu.be/wxpCGtdULUY (歌)
https://youtu.be/bEr26gpZgag (話と歌)
https://youtu.be/CnBaPHg0dEw (反省会)



※昨日の日曜日の礼拝は、緊急事態宣言下ということもあり、比較的、礼拝参加者が少ない状況でした。そんな時に生きてくるのがオンラインでの礼拝配信システムですが、直前に映像を配信するソフトの有料会員の期限が切れてしまって、YouTubeライブの配信ができなかったり、様々な不具合が生じました。ライセンス契約が1年間で切れることがわかっていましたので、1ヶ月くらい前に、日本円で15000円くらいを支払って買切りの契約を済ませていました。ところがその契約が反映されていなかったのです。午前の礼拝後に、詳しい方にメールでアドバイスをもらいながら、約2時間かかりましたが問題が解決しました。くろうしましたが、お陰で映像配信ソフトを使いこなせるようになりました。小さなことですが、マイナスがプラスに、ピンチがチャンスに変わりました。感謝しました。
今回の問題はどこにあったのでしょうか。お金を支払い、契約が結ばれていたのに、その契約が適用されていなかったところにあります。ソフトはアメリカ製ですので、理解しにくく、翻訳された日本語もわかりにくく、迷路にはまったような感じでした。
私たちクリスチャンは、イエス様を救い主と信じて救われました。救いの中には、罪の赦しと永遠の命だけではなく、いやしや解放、問題の解決や祝福も含まれます。イエス様を信じた瞬間に救いの契約が結ばれました。イエス様の救いはすでに完成しています。2000年も前から赦され、いやされていると言っても過言ではありません。しかし、私がお金を払って映像ソフトの有料契約を結んでいるのにもかかわらず、よく理解できなかったために、有料契約の恩恵に預かれないという体験をしたように、イエス様の救いを享受していない人はいないでしょうか? よく聖書を学ぶことで救いの全貌を知り、祈ることで神との意思の疎通を図ることで、福音のすべてを体験できる人は幸いです。
「愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります」(ヨハネの手紙第三1章2節)。
主の祝福を余すところなく味わい、素晴らしい1日をお過ごしください。
 

5月2日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 5月 2日(日)06時34分42秒
  ? 〈5/2(日)本日の一言メッセージ〉

「試練に会ったら喜ぼう!」

※聖書は、試練に「遭う」という漢字を使わず、「会う」という漢字を使います。

「試練を喜びなさい」と聖書は教えます。

試練は、とても苦しく耐えがたい体験です。試練に遭う時、「おっ、来たぞ!来たぞ!ヤッター!!」なんて思う人はまずいないと思います。

試練を喜ぶ理由は、試練がその人に忍耐を与え、完全な人にしてくれるからです。

試練を通してのみ、どんなことにも動揺することなく、正しい道を選択できる、完全な人に近づくことができるのです。

さらに、天国ではいのちの冠をいただくことができます。これが、試練を大いに喜べる理由です。

今、試練の中に置かれている人もいらっしゃると思います。しかし、今は試練を経験していなくても、いつかは試練に会います。

試練に会った時、次のヤコブ書の言葉を思い出して下さい。そして、試練を喜び、すべてを感謝し、忍耐を貫き、完全な人にさせて頂きましょう。

私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。
My brethren, count it all joy when ye fall into divers temptations;

信仰が試されると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。
Knowing this, that the trying of your faith worketh patience.

その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。
But let patience have her perfect work, that ye may be perfect and entire, wanting nothing.

あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。
If any of you lack wisdom, let him ask of God, that giveth to all men liberally, and upbraideth not; and it shall be given him.

ただし、少しも疑わずに、信じて願いなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。
But let him ask in faith, nothing wavering. For he that wavereth is like a wave of the sea driven with the wind and tossed.

そういう人は、主から何かをいただけると思ってはなりません。
For let not that man think that he shall receive any thing of the Lord.

そういうのは、二心のある人で、その歩む道のすべてに安定を欠いた人です。
A double minded man is unstable in all his ways.

貧しい境遇にある兄弟は、自分の高い身分を誇りとしなさい。
Let the brother of low degree rejoice in that he is exalted:

富んでいる人は、自分が低くされることに誇りを持ちなさい。なぜなら、富んでいる人は、草の花のように過ぎ去っていくからです。
But the rich, in that he is made low: because as the flower of the grass he shall pass away.

太陽が熱風を伴って上って来ると、草を枯らしてしまいます。すると、その花は落ち、美しい姿は滅びます。同じように、富んでいる人も、働きの最中に消えて行くのです。
For the sun is no sooner risen with a burning heat, but it withereth the grass, and the flower thereof falleth, and the grace of the fashion of it perisheth: so also shall the rich man fade away in his ways.

試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。
Blessed is the man that endureth temptation: for when he is tried, he shall receive the crown of life, which the Lord hath promised to them that love him.

だれでも誘惑に会ったとき、神によって誘惑された、と言ってはいけません。神は悪に誘惑されることのない方であり、ご自分でだれを誘惑なさることもありません。
Let no man say when he is tempted, I am tempted of God: for God cannot be tempted with evil, neither tempteth he any man:

人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。
But every man is tempted, when he is drawn away of his own lust, and enticed.

欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。
Then when lust hath conceived, it bringeth forth sin: and sin, when it is finished, bringeth forth death.

愛する兄弟たち。だまされないようにしなさい。
Do not err, my beloved brethren.

素敵な一日でありますように。



?【動画メッセージ】
「人生大学」
https://youtu.be/13hgr9iV7Jk



?【新宿福興教会 オンライン礼拝LIVE】
https://sgr-ch.net (10時半~、16時半~)


?【大久保駅 路傍伝道(後半)】
https://youtu.be/gtUoOJnhkss (正面①)
https://youtu.be/rgGXpX_CNBk (横側)
https://youtu.be/9znV9NFACng (正面②)
??♂?路傍伝道の動画を3つも別アングルから撮ってあげている理由は、どれか1つ、2つの録画が失敗しても、1つ以上残すためです。



※ 「試練に会う」と書くと、「先生、『試練に遭う』の間違いじゃないですか?」と教えてくださる方がいます。その指摘は正しいですが、聖書と私の意図も間違っていません。神抜きの試練は「災い」や「禍で」しかありません。だから「コロナ禍」といつの頃か言われるようになりました。「ピンチはチャンス」と言われます。言葉としてはわかりますが、「ピンチはピンチ」です。しかし、ピンチをチャンスに変える努力をすることで、振り返ってみて、「ピンチはチャンスだった」と言えるのですが、「ピンチはチャンスだ」と簡単に言えるようなピンチはピンチではないでしょう。しかし、ピンチに直面した時に、神に祈り、神に頼るなら、神が道を開かれ、「ピンチをチャンス」に変えてくださるのです。ピンチがピンチのままならば、それは、災い(禍)でしかありませんので、試練に遭ったとしか言えませんが、ピンチは、神にあってはチャンスなのです。そのピンチがあったからこそ、神との関係が深められ、罪から離れられ、生き方が変わり、忍耐が身につき、祝福を受けられるようになるのです。そうであるとしたら、「試練に遭う」ではなく、「試練に会う」と言っても間違いではなく、その只中に見えざる神ご自身を見るならば、そこに祝福を見ることができるはずです。今日、祝福の鍵は、神が共におられるかどうかの一点にかかっております。イエス様はインマヌエルというお名前をお持ちです。「神が我らと共におられる」という意味です。その事実に目を開き、認め、迎え入れて、主と共に歩んでいきましょう。
今日は日曜日です。神様を礼拝しましょう。緊急事態宣言が出されている4都府県の方々の多くは、教会に集まっての礼拝を控えておられると思います。ぜひオンラインで神様を礼拝してください。また許されるならば教会に集って神様を礼拝いたしましょう。下記のホームページのトップページの3つの(YouTube、Facebook、ニコ動)どれかのアイコンを押すと朝10時半からと夕方16時半からのオンライン礼拝の生放送にアクセスできます。 https://sgr-ch.net
連休がスタートしました。素敵な日曜日となりますように。素敵な1週間でありますようにお祈りいたします。
 

5月1日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 5月 1日(土)10時04分27秒
  ? 〈5/1(土)本日の一言メッセージ+動画+α〉

「カイネン(概念)とチンカク(人格) ~Walking With Jesus~」

私の神学校(牧師になるための専門学校)の学生時代に、説教学という授業があり、説教演習の時間がありました。

私の説教に対して指導教授は、「菅野君の説教は、信徒たちがずっと講壇に居たくなる説教だね」と言われました。

「理想的な話だけど、実生活からかけ離れている。もっと生活に根ざすべきだ!」と言う苦言として受け止めました。

私の説教が、人間のドロドロした生活から離れることなく、そのただ中に、キリストの十字架の恵みを語る牧師になろう!と決意しました。

私の説教の次は、韓国人の神学生が演習しました。内容は詳しく覚えていないけれど、繰り返し、「カイネン(概念)」と「チンカク(人格)」というキーワードを語ったことを、今でも耳から離れません。

彼が語りたかったのは、「能書き、理屈、宗教を語るのではなく、イエスさまを語るべきだ!」ということです。

世の中には、方法論、「How to~」ものが流行っています。それはもちろん素晴らしいことですが、所詮、方法論は方法論です。その方法を編み出した人の人生観や体験や環境に基づいていますので、その方法を真似して取り入れても、なかなかうまくいかないものです。

説教で大切なこと、それは、「カイネン(概念)」より、「チンカク(人格)」。

すなわち、主イエスさまと出会い、救いを体験し、その実体験を語ることが大切です。

みなさん、人生の中で、「どうしたらうまくいくか?」と考えるよりも、「誰と生きるのか?」を考えて下さい。

その答えは、イエスさまと生きることです。

アメリカで著名なロバート・シューラーという牧師のお嬢さんは、ある日、バイクで交通事故に会い、九死に一生を得ました。しかし、生きるためには足を切断する必要がありました。

シューラー牧師は、成功哲学を学んで成功した人の一人で、教会の活動において成功していました。可能思考の大切さを語り、自身もその考え方で成功していましたが、娘さんの事故に直面した時に、可能思考が何も役に立たないことに気づきました。

神に祈ると、今までは、聖書を概念や方法論としてだけ受け止めていましたが、イエスさまとの人格的な出会いを体験しました。その出会いによって、娘さんのバイク事故を直視し、受け止められるようになりました。

娘さんも、イエスさまと出会い、その事実を感謝の心で受け止めました。

ある時、船のクルージング旅行に家族で出かけました。クルージングの最後の日にかくし芸大会が行われました。そのステージにシューラー牧師の娘さんが立ちました。

「私には特に秀でた芸が出来るわけではありません。みなさんは、私が義足を付けて歩く姿を見て何があったのだろうと思ったことでしょう。私がここでお話したいことは、何ができるかよりも大切なことがあります。それは、誰と歩くかです。私は、イエスさまと共に歩いています(Walking With Jesus)。」

そのかくし芸大会の会場は割れんばかりの拍手がしばらく鳴り止まなかったそうです。

何ができるか?

実績、成果、地位や名誉、富や財産を持つことは素晴らしいことです。しかし、それらがなくても、そして、それらが色あせて見えなくなってしまうほど素晴らしく大切なことがあります。Walking With Jesus.イエスさまと共に歩むことです。

「カイネン(概念)より、(人格)が大切です」

あなたはイエスさまと共に歩んでいますか?

気づかなかったかも知れませんが、イエスさまはあなたと共に歩んでおられます。

これからは、いつもイエスさまが共に歩んでおられる事実を意識し、自覚的しながらイエスさまと共に歩んでいきましょう。

素敵な一日でありますように。



?【動画メッセージ】
「不満がある時こそ感謝を!」
https://youtu.be/DZbjrmLjJC4



?【新宿福興教会 オンライン礼拝】
https://youtu.be/I-JjlkhA4_w



?【大久保駅 路傍伝道(前半)】
https://youtu.be/sQV9GWEHKM4 (正面①)
https://youtu.be/FIvPkEy_ue0 (横側)
https://youtu.be/25Vqlv7q2hI (正面②)
??♂?路傍伝道の動画は、編集なしですので基本的には記録用です。しかし、広報でもあります。礼拝の動画を見てから、「この教会に行こう!」と思って来てくださる方々がいらっしゃるように、路傍伝道の動画を見て来てくださる方々がいらっしゃったら幸いだと思っています。また繰り返し歌う歌を覚えてくださったり、聴きながら演奏してアドリブまで入れられるようになってから来られる方々もいらっしゃいます。最後に、3つも別アングルからあげている理由は、録画に使っている三台の携帯はどれもバッテリーがダメになっていますし、いつ壊れてしまうかわからないような代物です。献品していただいたものもありますし、感謝して使わせていただいていますが、録画が失敗するようなこともあるため、1つ、2つが失敗しても、1つは残るからです。そして、どうせ撮ったのだから、すべて載せています。



※ 路傍伝道をしていると、通報を入れる人がいます。警察、駅、役所などなど。通報が入ると、立場上、現場に行き何らかの対処をしなければなりません。中には杓子定規な対応を受けることもありますが、大抵は、「良いことをしているのはわかっているんだけど」と前置きをしながら、「通報が入っちゃったので、(通報が入らないような形で)気をつけてやってください」と言い、「一応(形式的に)、注意しましたので」と、帰って行かれます。通報する人の多くは、キリスト教嫌いか、、もしくは、そのような活動が許せないのだと思います。しかし、そのような方々を意識するようになってからは、通報が入りにくくなりました。それでも時々そう言うことはありますが、拡声器の使い方、相手への心遣い、活動の雰囲気などに気を配ることで、大きく変わり、洗練され、磨かれるものです。街頭演説やストリートライブは、反応がダイレクトです。「イイね」「無関心」「喧しい」の3つのどれかがほとんどですが、その他に、「音楽だけ聴きたい、演説はいらない」「歌はわかったけど、演説をしてほしい」「チラシだけもらっていきます」「キリスト教は嫌いだけど、あんたは好きだ」など、千差万別です。
聖書は、「順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ。これもあれも神のなさること。それは後の事を人にわからせないためである」(伝道者の書7章14節)と語ります。
人生はすべてが勉強ですね。逆境の日にはへりくだり、考え、学ふ時です。人生は楽しいものです。今日も楽しみながら1日を過ごしてください。素敵な1日でありますように。
 

4月30日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月30日(金)07時14分5秒
  ? 〈4/30(金)本日の一言メッセージ+動画+α〉

「類は友を呼び、親しくなる」

インターネットを活用する楽しみの一つは、新しい出会いと、出会ったもの同志の関係を深める手段になり得ることです。

一昔前、関係する団体でホームページを作ろうという話し合いになった時に、年配の方々の中から賛否両論が出ました。

①インターネットを使うと、個人情報が流出して危険だ

②インターネットを使うと、(まるで魔法でも使うように)ものすごい広告の効果がある

インターネットは、使い方次第では危険も伴いますし、使い方次第では効果的な情報伝達手段にもなり得ます。

しかし、そこには何の魔法もありません。しっかりしたコンテンツを持っていなければ、ほとんど効果が得られない可能性もあります。

また、何が危険かを勉強し、知った上で慎重に活用すれば、まず危険な目に遭うことはありません。

インターネットを活用していて面白いと感じることは、ことわざに「類は友を呼ぶ」と言われるように、似た者同志が出会い、惹かれ合い、関係を深められることです。

掲示板、チャット、ライブチャット、ブログ、SNS等をはじめた頃は、友達や仲間を増やそうと努力しました。

しかし、ある時にわかったことがあります。

いくらたくさんの人と出会っても、価値観、考え方、志(こころざし)等が似ていない人と知り合ったとしても、その多くがそれ以上親しくなることはありませんでした。

反対に、出会いを求めなくても、長年SNSをしていれば、たいていの人とは、いつか、どこかで知り合うチャンスがあり、親しくなれる人が居るものです。それは、親しくなるべくして親しくなった人です。

もちろん、すべての出会いの背後には、神の摂理(=導き)があると信じます。

中には、「あなたともっと昔から知り合っていたら良かったのに」と思う人もいます。

しかし、そうではありません。

出会い方は、その人との今後の関係の方向を決めてしまうことがあります。

時には、敵と味方を分けてしまうことさえあります。

だから、人との出会いは不思議です。

インターネットを通して知り合った人の中には、
①ネットで知り合い、リアルで関係を深める人
②ネットで知り合い、ネットで終わってしまう人
③リアルで知り合い、リアルで終わってしまう人
④リアルで知り合い、ネットで関係を深める人
などが居ます。

人間関係には、出会う場面設定、出会う時期が大きく左右することがあります。

「もし・・・」ということを考えるのは非現実的ですが、理想的なカップルになり得る男女なのに、そのお互いが出会う前に別の人と出会って付き合っていたり、結婚をしていたとしたら、恋愛や結婚はあきらめなくてはなりません。

また、その人の置かれた環境によっても、どんな人に惹かれるのかも変わってしまうものです。

ある女性が、タクシーの運転手になるのと、婦人警官になるのと、看護師になるのと、社長秘書になるのでは、惹かれる相手も違うし、結婚する相手も変わってくるものてす。

ある知人は、「結婚したいのに、結婚相手との出会いがない!」と嘆きますので、私は次のようにアドバイスしました。

「出会いがないことを嘆くのではなく、やがて来る出会いに備えて自分を磨き、自分に与えられた人生をひたむきに生きて下さい」と。

この人は、私のアドバイスを心に留めて、以後、自分磨きと自分を生きることに徹したそうです。

そんなある日、素敵な男性との出会いがありました。その瞬間、男性の心がときめきました。輝いて生きているその女性に一目惚れをして、2人は結婚をしました。

もし、その女性が、以前のように、出会いがないことを嘆いていたとしたら、男性は女性に魅力を感じなかったかも知れません。

大切なことは、自分を最高に生きることです。

どんな人でも、輝いて生きているなら、魅力があります。

バラにはバラの美しさがあり、チューリップにはチューリップの美しさがあり、ひまわりにはひまわりの美しさがあるように、あなたにはあなたの美しさがあります。

私は、文章を通して、たくさんの人に喜怒哀楽の体験や聖書のメッセージを分かち合いながら、最高の友達を作りたいと思っています。

「類は友を呼ぶ」というのは本当だと思います。だから、自分の気持ちを文章にしているのです。

有名なこんな歌があります。

「1年生になったら」 まど・みちお 作詞/山本直純 作曲

1年生になったら 1年生になったら ともだち100人 できるかな
100人で 食べたいな 富士山の上で おにぎりを パックン パックン パックンと

1年生になったら 1年生になったら ともだち100人 できるかな
100人で かけたいな 日本中を ひとまわり ドッシン ドッシン ドッシンと

1年生になったら 1年生になったら ともだち100人 できるかな
100人で 笑いたい 世界中を ふるわせて ワッハハ ワッハハ ワッハッハ

100人の友達といっても、広く浅い付き合いの100人てはなく、たった1人の友達が100人できたら楽しいと思います。

仮に、100人で富士山の頂上でおにぎりを食べても、100人で日本一周の旅に出かけても、100人で世界を震わせるような大笑いをしても、それで終わってしまうとしたら、群衆の中の孤独を感じるものです。

親友100人なら最高です。

今日、この文章を読んでくれた人と、そんな友達になれたらと思います。



?【動画メッセージ】
「これが最高!」
https://youtu.be/sy7CyD6xuto



?【新宿福興教会 オンライン礼拝】
https://youtu.be/I-JjlkhA4_w



?【経堂駅 路傍伝道(後半)】
https://youtu.be/Zb6HibrAPuw(正面)
https://youtu.be/LrFQBse092g(右側)

https://youtu.be/NKFkQzDXpSc (短い動画)



※ 昨晩は、今朝の早起きのために12時頃に休みました。普段より何時間も早いです。お陰で気持ちのいい朝を迎えました。今日はこれから消防団の活動で出かけます。消防署員は職業ですが、消防団員はボランティアです。しかし、地方公務員特別職になります。本職は牧師で、人々の心に火をつけることが仕事ですが、火災が起こったらボランティアで火を消します。
しかし牧師は、ただ人々の心に火をつけるだけではなく、罪の火を消すことを同時にします。人は、自分が自己中心だとわからないほどまでに自己中心です。それが罪の症状だから仕方ありません。自己中心は、無意識で罪を擁護し、神に敵対しているのです。その罪の火を消すことは容易ではありません。なぜ救いを受け取るのに信仰が必要なのでしょう? それは、自ら罪からの救いを求めるプロセスが必要なのです。「救われる必要がない」と思っている人を無理やり救うことがないのです。聖書は、「聖霊によるのでなければ、だれも、『イエスは主です』と言うことはできません」(コリント人への手紙第一12章3節)と語ります。罪を認識させ、罪から離れたいと願い、そのためにイエス様が必要なことを悟らせるのは、唯一聖霊の働きです。そして、その時に、イエス様の愛によって罪の火は消されます。その時、心は燃え始めるのです。今日も、火事は消しますが、人の心に火をつける牧師として働きます。共に力を合わせて働き、生きていきましょう。
午後6時から、大久保駅北口ガード下で路傍伝道も行います。お祈り、ご参加もよろしくお願いします。
素敵な一日でありますようように。
 

4月29日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月29日(木)07時36分49秒
  ? 〈4/29(木)本日の一言メッセージ〉
「知恵ある幸せな生き方」

幸せで豊かな人生は、「あるがままを受け入れる」ところからはじまると思います。

曲がったものを見て、「まっすぐだったらいいのに」と思うのではなく、曲がったものを曲がったまま受け入れて下さい。

もし、自分のタイプが五角形だとしたら、「丸になりたい」と思って、角を削り、自分じゃない自分になろうとするのではなく、五つの角のある自分のままを受け入れ、最高の五角形の自分を目指して下さい。

目の前の六角の人に、「あなたは角が多いから、五角になれ」と、相手を変えようとするのではなく、六角の人を四角のまま受け入れてあげましょう。

聖書には、「曲がっていないものを、まっすぐにはできない」(伝道者の書1:15)と書かれています。

「曲がっていないものを、まっすぐにはできない」としたら、あるがまま受け入れ、それを楽しみ、感謝したら、不要なストレスを感じることなく、人生が幸せで豊かになります。

しかし同時に、現状維持や自己満足に陥ることはなく、前進し、成長することも必要です。

「あるがままを受け入れ」、同時に「成長し続ける」ために3つの大切なことがあります。

1、「変えられないものを受け入れる心」・・・柔軟な心。

2、「変えられるものを変える勇気」・・・決断する心。

3、「その両者を見分ける知恵」・・・神からの知恵。

「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます」(ヤコブ1:5)と、聖書は語ります。

今日も、「あるがままを受け入れ」、「成長し続ける」一日でありますように。

最後に、アメリカの神学者である「ニーバーの祈り」を紹介します。

神よ
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。



?【動画メッセージ】
「ハイブリッド人間」
https://youtu.be/sO5JErGleBs



?【明治神宮前 路傍伝道(後半)】
https://youtu.be/sYUcf6KBfCU



?【経堂駅 路傍伝道(前半)】
https://youtu.be/ald8pb6X1T4 (正面)
https://youtu.be/UA3wn0suCOo (右側)

https://youtu.be/mta8EY4A30I (いつくしみ深き)



※ 私は、平凡な牧師ですが、毎日超多忙です。
若い頃、神様にお祈りしました。「人に認められなくても、あなたから認められる牧師になりたいです。人に重んじられ持ち上げられなくても、あなたから重んじられ、用いられる牧師にしてください」と。
その祈りが答えられて、持てる時間のすべてを牧師として生きています。疲れたら寝ますし、みんなでおいしいものを食べるのが好きですし、神様との時間を削ることもありませんが、与えられたすべての時間を神様のために使っています。それで幸せですし、アップアップすることはありません。その秘訣は、神様がマネージメントをしてくださっているからです。1日のはじめに神に祈り、神に聴き、神の導きに従って1日を過ごします。そうすると、暇はないけれど、忙しすぎることはありません。神の目から見た最善は、その場では分からなくても、後でわかります。
振り返ってみた時に、暇を持て余すほどつらかったことはありません。暇なく伝道をし、しかも気分転換なり、使命を果たせるとなるとこれ以上のことはありません。
私たちの人生は一回限りで繰り返すことができません。神の導きによって毎日を過ごしていきましょう。別に偉くならなくても、人から認められなくてもいいのです。仮に、人から罵られ、迫害されたとしても、神から認められ、重んじられ、用いられたらいいですし、天国に行った時、神様から、「よくやった、よい忠実な僕だ」なんて言われたら、それだけですべてが報われて、うれしくて泣いてしまうのではないかと思います。
神に喜ばれ、認められる人生を目指していきませんか。そこに人生を豊かにし、気を衒うことのない幸せな人生があるのではないかと思います。素敵な一日でありますように。
 

4月28日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月28日(水)10時41分1秒
  ? 〈4/28(水)本日の一言メッセージ+動画+α〉

「新しく生まれ変わる ~本当のあなたはすばらしい~」

ある寺の庭先に、粘土でできたみすぼらしい仏像がありました。あまりにもみすぼらしく、誰からも見向きされないので、気の毒に思った人が、仏像を引き取ることにしました。

仏像をロープで結わって、クレーンで持ち上げようとしたら、何と、壊れてしまいました。

壊れた粘土の下からは、まばゆいばかりの光が差していました。みすぼらしい仏像の正体は、黄金の仏像だったのです。

その昔、敵国が攻め込んで来ようとしていた時に、敵に仏像を持ち去られないようにと、黄金の仏像を粘土で固め、わざとみすぼらしい姿にしたのです。

あなたは、この仏像のように、本来は輝き、最高に素晴らしい存在なのです。しかし、罪の粘土、汚れの粘土、悪魔が持ってきたのろいや貧しさの粘土、病いの粘土、死の力と死の恐怖の粘土をかぶせられてしまっているのです。

その殻を破ったら、本来のあなたが出て来ます。

どうしたらあなた本来の姿になれるでしょうか?

小手先の方法論では無理です。新しく生まれ変わるほかにありません。

イエス・キリストは、「新しく生まれ変わらなければならない」と言われました。

新しく生まれ変わるためには、あなたを救うために十字架で死に、よみがえったキリストを信じる必要があります。

キリストを信じて受け入れたら、キリストの身に起こったことがあなた自身にも起こるのです。

古い自分は、あの黄金の仏像にかぶされたきたない粘土のような罪です。新しく生まれ変わったら、本来のあなたになるのです。

無限の可能性に満ち、何でもでき、愛と幸せに満ちたあなたです。

聖書は、性悪説と性善説の二つが書かれています。

本当のあなたはすばらしい。しかし、今のあなたのままでは、ダメよ~ダメダメ。古い、罪の性質は、「今のままで、変わらなくても、いいじゃ、ないの~」とささやきますが、イエスさまは、「ダメよ~、ダメダメ。」とは言いませんが、「新しく生まれ変わりなさい。」と語られます。

最後に、聖句を引用します。

1 さて、パリサイ人の中にニコデモという人がいた。ユダヤ人の指導者であった。

2 この人が、夜、イエスのもとに来て言った。「先生。私たちは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神がともにおられるのでなければ、あなたがなさるこのようなしるしは、だれも行うことができません。」

3 イエスは答えて言われた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」

4 ニコデモは言った。「人は、老年になっていて、どのようにして生まれることができるのですか。もう一度、母の胎に入って生まれることができましょうか。」

5 イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません。

6 肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。

7 あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。

8 風はその思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない。御霊によって生まれる者もみな、そのとおりです。」

9 ニコデモは答えて言った。「どうして、そのようなことがありうるのでしょう。」

10 イエスは答えて言われた。「あなたはイスラエルの教師でありながら、こういうことがわからないのですか。

11 まことに、まことに、あなたに告げます。わたしたちは、知っていることを話し、見たことをあかししているのに、あなたがたは、わたしたちのあかしを受け入れません。

12 あなたがたは、わたしが地上のことを話したとき、信じないくらいなら、天上のことを話したとて、どうして信じるでしょう。

13 だれも天に上った者はいません。しかし天から下った者はいます。すなわち人の子です。

14 モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。

15 それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」

16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

17 神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。

(ヨハネの福音書3章1節~17節)



?【動画メッセージ】
「あなたの価値」
https://youtu.be/gNQ_Yg-rMoo



?【新宿福興教会 オンライン主日礼拝】
https://youtu.be/I-JjlkhA4_w



?【明治神宮前 路傍伝道(中盤)】
https://youtu.be/GbZZFw1CG34



※怒り、憎しみ、赦さないなどの感情は、人を不幸にします。また、イエス様はこれを殺人の種であり、殺人と同罪であると教えられました。そして、「もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切って、捨ててしまいなさい。からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナに落ちるよりは、よいからです」(マタイの福音書5章30節)と、罪の種を含めて、罪を根絶やしにするように教えられました。その唯一の方法は、イエス様を信じ、イエス様の力によってきよめていただくことです。使徒パウロは、「怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません」(エペソ人への手紙4章26節)と語りました。聖書は怒り自体を否定していません。
昨日は、とても嬉しいことが3つ、とても腹立たしいことが1つありました。腹立たしいことが嬉しかったことを水の泡にしてしまうほどの力がありました。20頃になり、イエス様とパウロの言葉を思い出して、殺人の種である憤りと、傷つき赦せない心を神様に告白して、怒りの感情を手放し、赦しを選びました。心の中にあったマグマのような感情が消えました。殺人の種は根回しにされて、その相手への苦い思いは無くなりました。しかし、心の痛みは残りましたら。それは、がびょう?を刺したら穴があきますし、抜いても穴が残ることと似ています。心の痛みが癒されるためには時間がかかります。しかし、必ず癒されます。
人を憎み、赦さないことが相手への復讐にならないことだけは確かです。むしろ、自分を鞭打って傷つけ、自分を罰しているようなものです。憎しみを手放し、赦しを選んでください。少なくても、その日のうちに解決してください。可能な範囲で根絶やしにするのです。そうしたら、傷は最小限で済みますし、必ず癒されますし、争いやトラブルからも守られます。相手が怒っていても、こちらが赦していたら喧嘩にもならないはずです。
人生において、腹立たしいことは避けられません。しかし、聖書が教えるように対処して、幸せを失わないでください。素敵な一日でありますように。
 

4月27日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月27日(火)11時06分40秒
  ? 〈4/27〈火〉本日の一言メッセージ+動画+α〉
「あなたの価値」

私たちは子供の頃から、ある特定の人たちを敬うように教えられて来たのではないでしょうか。

知識があり、高学歴で、地位があり、名声があり、権力があり、財産をたくさん持っている人たちを特別視し、賞賛と尊敬に値するという意識が植え込まれています。

これらのものを持った人が持っていない人と違うことは言うまでもありません。

しかし、だからと言って人間として優れているということではありません。

上辺で人を判断することは偏見に基づく区別に過ぎず、曖昧な基準に基づく差別です。

手を見ながら、「親指が一番太いから立派だ!」「いや、中指が一番長いから立派なのだ!」と言うような類です。

人差し指も、薬指も、小指も、どれも必要な指であるように、知識が少なく、学歴が乏しく、地位がなく、名声も、権力も、財産もなくても、必要な人なのです。

人の価値を判断していいのは、人を造られた神だけです。

「そのようにして神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ。それは非常によかった」(創世記1:31)。

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だからわたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにするのだ」(イザヤ43:4)。

「人は、たとい全世界を得ても、いのちを損じたら、何の得がありましょう。自分のいのちを買い戻すために、人はいったい何を差し出すことができるでしょう。」(マルコ8:36~37)

あなたの価値を決めるのは、あなたを造られた神だけです。

人と自分を比較したり、人からの評価をそのまま受け入れたりして、優越感や劣等感を持つことをせず、神の評価を受け入れ、神の目に映るあなたを自分の本当の価値として胸を張って生きていって下さい。



?【動画メッセージ】
「人に優劣をつけることは正しいか?」
https://youtu.be/NtZeQ6ChhJk


?【新宿福興教会 オンライン主日礼拝】
https://youtu.be/I-JjlkhA4_w



?【明治神宮前 路傍伝道(前半)】
https://youtu.be/-ZQk0nfHb1w



※昨日は、路傍伝道新聞の発送作業を5人で行いました。私にとって、一緒に力を合わせてくださる仲間がいることが何よりの宝であり、祝福です。
本日は、「ふらっと伝道」と言って、急きょ時間ができて、2~3人以上の参加者が確定した時に行う路傍伝道の予定でしたが、急きょ葬儀式が入り、司式のためにそちらを優先しなくてはいけなくなりました。公式の伝道予定ではないので、ふらっと伝道を別の日に移動しました。
愛する家族、仲間、友人は何よりの宝ですが、本当の宝は、そのような方々を与えてくださる神様です。素晴らしく力になってくださる人がそばにいてくださったら、頼もしいくありがたいものですが、その人と過ごせるこの地上での時間は永遠ではありません。葬儀は突然入るものです。それは、どんな人であっても例外はありません。大切な人の葬儀も訪れますし、ま自分がお葬式をしてもらう日もやってきます。
それだけに、この一瞬一瞬が奇跡であり、ありがたいものですね。与えられた仲間や大切出会いに感謝をし、その一瞬を大切にしたいものです。しかし同時に、その背後におられる神様への感謝を忘れてはいけません。神はすべてのことを働かせて益としてくださり、必要な人同士を合わせてくださり、必要なところに必要なものを送ってくださる方です。この神様にとこしえに栄光がありますように。神様に感謝をして、与えられているこの日も過ごせますように。素敵な一日でありますよう。
 

4月26日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月26日(月)09時44分51秒
  ? 〈4/26(月)本日の一言メッセージ+動画メッセージ+礼拝動画+路傍伝道動画+後書きメッセージ+α〉

?「自分の欠点と相手の良い点を見よう」

「自分の欠点と相手の良い点」を見ると、相手が全く違う人に見えるものです。

人と過去は変えらることはできません。しかし、自分を変えることはできます。

争いが起きて、人間関係が壊れる原因は、その逆の、「自分の良い点と相手の欠点」ばかりを見ているのです。

SNSに投稿すると、私の投稿を良いと思ってくれて「いいね!」を押してくれる人がいます。

しかし、普段は何のコメントもくれないのに、文句や間違いを指摘する時だけ書き込みをしてくれる人がいます。

ネットを通して、人の価値観や傾向を知ることができます。

その時に、ムッとして、「嫌な奴だな!」と考えることもできますが、自分の足りないところを教えてくれる相手の洞察力に注目し、感謝することもできます。

つまり、「自分の欠点と相手の良い点」を見ると、傷ついたり、腹をたてたり、争ったりすることなく、愛することができます。

さらに、それが悪意を持った相手であったとしても、その苦い固い心が氷解して、良い友達になれる可能性もあります。

聖書は、「あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい」(ローマ12章18節)と語ります。

自分に関する限り、良い人間関係を心がけたいものです。

なぜ、「自分の欠点と相手の良い点」だけを見ることができるのでしょうか?

イエス様の愛を知ったからです。

イエス様は、「あなたがたが互いに愛し合うこと、これが、わたしのあなたがたに与える戒めです」(ヨハネ15章17節)と語られました。

パウロは、「兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい」(ローマ12章10節)と語りました。

私たちは互いに味方同士であり、ファミリー、神の家族です。



?【動画メッセージ】
「無駄や遠回りを恐れるな!」
https://youtu.be/lSXOu_0exZw



?【新宿福興教会 オンライン主日礼拝】
https://youtu.be/I-JjlkhA4_w



?【上野駅アメ横前 路傍伝道(後半)】
https://youtu.be/sYUPsP-PgPM (右側)
https://youtu.be/UflW7kcu3ew (正面)
https://youtu.be/OUI6cwChoMA (左側)



※歳を重ねてくると、物事に鈍感になっていきます。それはちっちゃな事に振り回されないという良い面もありますが、小さな幸せを見落としてしまいがちになるという残念な面もあります。神様がくださった年配者に与えられる賜物は「忘れる」ことではないでしょうか。物事を忘れなかったとしたら、いつまでも人を恨み、失敗をクヨクヨし、やれなかった事ややりすぎた事を後悔し続けることになります。そんな状況に対する秘策があります。主が良くしてくださった事を忘れないで、事ある毎に思い出して感謝する事です。
聖書は語ります。「わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな」(詩篇103篇1~2節)。
主かしてくださった事を思い出して感謝する事で、嫌な事は自然に忘れていくのに、幸せを感じられる祝福ばかりを感じられるようになります。
幸せな一日でありますように。
 

5月の路傍伝道ネットワークの活動予定

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月25日(日)22時16分56秒
  「5月の路傍伝道ネットワークの活動予定」

★4月28日(水)
【東京23区シリーズ】
「経堂駅〈北口〉路傍伝道」
(15時~17時)

★5月3日(月)
【第1月曜日定例】
「川口駅〈西口2階デッキ〉路傍伝道」
(17時~19時)

★5月6日(木)
【東京23区シリーズ】
「御茶ノ水駅〈御茶ノ水橋口〉路傍伝道」
(17時~19時)

★5月7日(金)
【東京23区シリーズ】
「北千住駅〈西口・2階デッキ〉路傍伝道」
(17時~19時)

★5月9日(日)
【第2日曜日定例】
「大久保駅〈北口〉路傍伝道」
(19時~21時)

★5月10日(月)
【東京23区シリーズ】
「経堂駅〈北口〉路傍伝道」
(16時~18時)

★5月13日(木)
【千葉シリーズ】
「市川駅〈北口〉路傍伝道」
(17時~19時)

★5月14日(金)
【東京23区シリーズ】
「高田馬場駅〈早稲田通側歩道〉路傍伝道」
(14時~16時)

★5月17日(月)
【第3月曜日定例】
「新宿駅〈東口・中間広場〉路傍伝道」
(18時~20時)

★5月18日(火)
【荒野の旅】
「蒲田駅〈東口駅前広場に14時集合〉路傍伝道」
※上記場所に14時までに集合して、その後主の導きに従って移動して路傍伝道を続ける。参加希望者はご連絡ください。途中からの参加や帰宅も可能です。
(14時~ 2、3時間程度)

★5月20日(木)
【埼玉シリーズ】
「越谷駅〈東口〉路傍伝道」
(17時~19時)

★5月28日(金)
【東京23区シリーズ】
「高田馬場駅〈早稲田通側歩道〉路傍伝道」
(14時~16時)

★5月30日(日)
【第2日曜日定例】
「大久保駅〈北口〉路傍伝道」
(19時~21時)
 

4月25日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月25日(日)08時38分15秒
  ? 〈4/25(日)本日の一言メッセージ〉
「自虐・不幸自慢はやめよう」

「人の不幸は蜜の味」と言われます。自分より不幸な人の話は、どこでもウケます。

「自虐ネタ」「不幸自慢」で「人から受け入れられている」と勘違いしていませんか?

表面的に同情してもらうことで、「自分の居場所」を作っていないでしょうか?

「失敗」や「不幸」を話してばかりいると、いつの間にか「不幸自慢」になっています。

「貧乏自慢」もよく聞きます。「自分がいかに貧しく、ギリギリの生活をしているか」を切々と語ります。実は、「貧しい」ことを「自慢」しているのです。

病院では、「病気自慢」をよく聞きます。

あなたの「不幸自慢」を喜んで聞いてくれる人がいますが、その人は自分のために喜んでいるにすぎません。心からあなたを同情しているのではありません。

ですから、「失敗」や「不幸」を話す時は、それを「どう乗り越えたのか?」、そこから「何を学んだのか?」、「その失敗がどのようなプラスに変わったのか?」を語りましょう。

それに心から賛同してくれる人こそ、あなたを本当の意味で思いやり、応援してくれる仲間です。親が子の成長を願い、喜ぶように、真の友は、あなたの成長を願う人です。

「喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい」(ローマ12:15)と聖書は語ります。

そんな友こそ最高の宝です。互いに、そんな友となれたらいいですね。これからもよろしくお願いします。



【動画メッセージ】
「良いニュースと悪いニュース」
https://youtu.be/c4ach7NfS38



【上野駅アメ横前 路傍伝道(前半)】
https://youtu.be/hcogSWXYknY (右側)
https://youtu.be/gXrYKhZcgKg (正面)
https://youtu.be/QkX1_en8M5E (左側)



※今日から17日間の予定で、4都府県(東京都・大阪府・京都府・兵庫県)において3度目の緊急事態宣言の発令が出されます。宣言をしっかり受け止めて、疾病等の感染拡大防止に努めたいと思います。しかし同時に、過度に反応し過ぎる必要はありません。コロナという得体の知れない疫病を前に、それを無視する動きと過剰に反応し過ぎる両極端な動きが巷で起こっています。私たちは、両極端な動きに振り回されないで、神との関係を強めていきたいものです。聖書が語るように世の終わりには様々な問題・試練・艱難がやってきます。何が起こっても驚かないで、ますます聖書の言葉に立ちましょう。祈り深く、慎み深くあり、伝道に立ち上がってください。今はじっとしている時ではなく、聖書の福音をすべての人に知らせるために働く時です。コロナに振り回されないために、イエス様から目を離さないでいてください。そのためにも、今日は日曜日です。教会での礼拝をささげるか、オンラインで礼拝をささげてください。イエス様から1週間をスタートさせてください。素敵な1週間でありますように。

【新宿福興教会 オンライン礼拝】
10時半からと16時半から、YouTubeライブ、Facebookライブ、ニコ生ライブで配信します。参加される礼拝がない方は、ご利用ください。
https://sgr-ch.net
 

4月24日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月24日(土)11時04分52秒
  ? 〈4/24(土)本日の一言メッセージ+動画+α〉
「立ち止まろう」+「動画メッセージ」+路傍伝道の動画」+「後書きメッセージ」

忙しく動きまわっていることで、充実感を感じることがあります。

急にやることがなくなると、ぽっかり穴が開いたように感じるものです。

それは貴重な体験です。

忙しくしていると、立ち止まる機会を失い、本当の自分の気持ちを感じる機会を失ってしまいます。

だから急なキャンセルが入った時には神に感謝をしたいものです。その意味においては、コロナにも感謝したいです。

そしてその空いた時間を、神と二人だけの時として過ごしましょう。

一段落したら、やりかけの仕事をしたり、読みかけの本を読んだり、買い物に出かけたりなどを考えます。

どんなに忙しくても、立ち止まって神に祈る時間を確保して下さい。

この時間があなたを祝福します。

人は、案外何もしないで立ち止まる時間を持つのは難しいことです。

休んでいるつもりで、どこかが動き続けています。

心が停止しないで、悩むという活動をし続けてしまうこともあります。

一人の女性が、若い時に夫を天に送りました。

夫人は、一段落したら、生前夫婦で旅行した場所に一人旅をしたいと考えていました。

夫人のお兄さんは、一人で思い出の地に旅をしたらどうなるかを心配して、あえて仕事を頼みました。朝から晩まで、仕事をしてもらいました。

もし、その夫人が一人旅をし、亡き夫との思い出に浸ったとしたら、悲しみに押し潰されてしまった可能性があります。

夫人のお兄さんは、悩む時間を持たせないために、仕事を任せたのです。

悩む時間を持たせなかったことが良かったのです。

立ち止まるとは、悩むことを止めることを含めて、心も停止させることです。

聖書は、「汝ら静まりて我の神たるを知れ」(詩篇46:10)と語ります。

「静まる」とは、停止することです。

「正しい」という漢字は、「一」の下に「止まる」と書きます。

「一」とは、唯一の神です。そのお方の下に「止まる」ことが、「正しさ」だというのです。

立ち止まる時間を持っていますか?

何もしない一人の時間です。

一人神と対峙する時間です。

この時間が人を安息させ、回復させ、修復させ、充電させてくれるのです。

個室のトイレに入った5分だけでも違います。

私は、立ち止まる時間を持ちながら、このような文章を書きます。

「今日の文章を書かなきゃいけない!?」と急き立てられて書いているわけではありません。

一日のつかの間の時間、立ち止まって素敵な時間をお過ごし下さい。



【動画メッセージ】
「感謝する習慣」
https://youtu.be/s8-W-NXkOOo



【高田馬場駅 路傍伝道(後半)】
https://youtu.be/3bJUJWhn0G4 (左側)
https://youtu.be/7wdsvyRJAAk (右側)
https://youtu.be/gEmlHkOK9wY (正面)
https://youtu.be/42MijjqS3TA (伝道後の談話)



※「正しいとは、一の下に止まることです」と、街頭で語ることがあります。牧師は神から聴く時間を持ちますが、人に向かって語る割合の方が大きいです。不公平であり、バランスが悪いのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、牧師も講演者、説教者であると共に、一人の聴衆なのです。自分が語る言葉を聴いているのです。その内容が福音なら、それはいやされ、元気が与えられます。もし、その牧師先生がどんな説教を語っているかを知りたければ、直接説教を聴かなくても、その先生の顔を見たらある程度わかるものです。語る言葉は、ブーメランのようにその人自身に返ってくるものだからです。あなたが語る言葉もあなた自身に返ってきます。人に対して指を刺すと、人差し指を相手に指すと共に、親指は神に向けられ、さらに、3本の指が自分自身に向けられます。あなたが語る言葉を神様が喜んでおられるとしたら、その人は幸いです。神との関係がすべての土台だからです。さらに、その土台の上に、あなたが語る言葉によって環境が作られ、築き上げられていくのです。牧師は、人に影響を与えることができる存在として、ある外国では影響力のトップにあげられるほどです。私自身も痛感しています。そして、その言葉は自分自身に返ってきます。自分でもできないような綺麗事を並べたり、知識の切り売りをしたりしても、心は喜びで満たされることはありません。しかし、神の恵み、赦し、愛である福音を語るなら、心は喜びで満たされます。何を語るかがすべてを方向づけ、決めていくのです。あなたが語る言葉をを神に導いていただきましょう。素敵な1日でありますように。
 

4月23日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月23日(金)09時00分41秒
  ? 〈4/23(金)本日の一言メッセージ+動画+α〉
「福音の力」+「動画メッセージ」+「路傍伝道の動画」+「後書きメッセージ」

福音は、人をありのままで受け入れ、そのままの状態ではとどまり続けることができない不思議な力を持っています。

イエス様は、すべての人を招かれました。しかし、すべての人が応答したのではありませんでした。

だから、聖書は「狭い門である」と語ります。

「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです」(マタイ7:13~14)。

狭い門を通るかのように、自分の罪を自覚し、悔い改め、罪の赦しを得た人は救われました。

広い滅びに至る門を通る人は、自分の状態に無頓着です。罪を自覚しないばかりか、自分の義を押し通します。その人は、救われないどころか、イエス様に敵対するようになり、その罪の性質がイエス様を十字架につけるに至ったのです。

教会で福音が語られているならば、どんな人でも来ることができます。しかし、福音ではなく、「こうあるべき!」という宗教が語られているとしたら、そこに該当できる人しか来ることはできません。

福音は、入り口は広く、その先にある門は狭いのですが、律法や宗教は、入り口は狭く、その先にある門は広いのです。

福音は、「誰でも、渇いているなら、重荷を負っているなら、わたしのもとに来なさい」と語ります。

教会はどんな人でも来る可能性がありますし、「あっ!?」と驚くような、とんでもない人が来ることもあります。

もし、教会にとんでもない人が来るとしたら、福音が語られている証拠かも知れません。

しかし、その先があります。狭い門であるイエス様に応答できるかどうかが分水嶺となります。

応答できない人は、応答できない理由を探して、「こうだから・・・」と、自己を正当化します。

その「こうだから・・・」はいろいろ変わります。

自分を変えたくないので、変えなくて済む理由を探します。

「こんな教えはおかしい、納得できないから信じられない」「牧師が悪いから・・・」「ああいう信徒がいるから・・・」等々。

自分を変えない理由探しを続けていると、つまずきは、やがて、拒否につながり、最後は、イエス様に敵対したユダヤの宗教家たちと同じ道を進むことになります。

しかし、自分の目の梁に気づいた人は、その解決のためにイエス様に向かって悔い改め、方向転換をし、救いを得て、神の子となり、永遠のいのちを得ます。そして、持てる人は、さらに持つようになります。

「なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか。兄弟に向かって、『あなたの目のちりを取らせてください』などとどうして言うのですか。見なさい、自分の目には梁があるではありませんか。偽善者よ。まず自分の目から梁を取りのけなさい。そうすれば、はっきり見えて、兄弟の目からも、ちりを取り除くことができます」(マタイ7:3~5)。

「持っている者はさらに与えられて豊かになり、持たない者は持っているものまでも取り上げられてしまうからです」(マタイ13:12)。

福音は、すべての人を招いていますが、すべての人が応答するわけではありません。

しかしイエス様は、すべての国民を弟子としなさい」と語られました。しかしそれは、決して人間業ではありません。

祈り、最善を尽くすしかありません。

でも、これだけが日本を変える最後の砦です。福音は日本を変え得ると信じます。

イエス様に悔い改めましょう。そして、人々を弟子とするために立ち上がっていきましょう。

福音の力にいつも驚かされますね。



【動画メッセージ】
「嫌なことを言う人への対処法」
https://youtu.be/FJklR1Dgb_A



【高田馬場駅 路傍伝道(前半)】
https://youtu.be/dMa_TnmcDAk (左側)
https://youtu.be/szhbKCwZzrM (右側)
https://youtu.be/fclpPYnuQ9Y (正面)


※歳を重ねる中で感じることは、若いことの素晴らしさです。その疲れを知らない行動力、過去をクヨクヨせず、前だけを見ながら走り続けられる潔さ等々。しかし、勇み足を踏みやすかったり、失敗も多くします。そこは歳を重ねた人の強みです。歳を重ねた成熟と若さを兼ね備えた生き方ができたら素晴らしいと思います。
「私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています」(コリント人への手紙第二4章16節)と聖書は語ります。
外なる人という肉体は歳を重ねるごとに衰えていきますが、内なる人という心は、主と共に歩むなら日々新しくなっていくのです。若さを保つ秘訣は、アンチエイジングに関する知識を身につけて実行することも少しは効果がありますが、一番は主と直結して生きることです。歳を重ねることによる成熟と共に、心が若さを保つばかりか、さらに若くなっていく毎日を過ごしたいですね。
その秘訣は、聖書を読み、心のごはんとして食べる。祈りによって消化し血肉とし、霊的な命ととする。伝道し、心の運動をすることです。つまり、主と共に歩むことです。私は朝一番に聖書を開き、祈ります。そして、毎日伝道をします。ここに若さと霊的な命を保つ秘訣があります。
「あなたは知らないのか。聞いていないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、その英知は測り知れない。疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない」(イザヤ書40章28~31節)。
素敵な1日でありますように。
 

4月22日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月22日(木)11時46分20秒
  ? 〈4/22(木)本日の一言メッセージ+動画+α〉
「人生を豊かにする死と復活」+「動画メッセージ」+「路傍伝道動画」+「あと書きメッセージ」

ひと昔まえ、韓国ドラマに夢中になって、俳優のペ・ヨンジュン氏を「よん様」と呼ぶ姿を冷ややかな目で見ていましたが、そんな私が「馬医」というドラマを通して韓国ドラマにはまるようになりました。

日本のドラマで滅多に夢中になるものがなかったからですが、もちろん、心に残るドラマがいくつかありました。

「ジョーカー 許されざる捜査官」「家政婦のミタ」「35歳の高校生」「リーガル・ハイ」「半沢直樹」などです。

これらのドラマに共通する点は、「死と復活」という要素が込められていることです。

韓国のドラマの多くには、ここまでかと言えるほどの「死と復活」の要素が込められています。

「馬医」には、何度も何度も「もう終わりだ!?」という「死」の要素が「これでもか!」というほど出てきます。しかし、その向こう側に、問題が解決するという「復活」がありるのてす。

この「死と復活」よ要素がドラマを面白くしていると思います。

日本のドラマには、「死」が中途半端であったり、「死」だけで終わってしまうものが案外あるものです。

聖書は神の言葉ですが、実は、世界のベストセラーです。ダントツで桁違いです。

その背景には、世界の宗教の中で一番人口が多いのがキリスト教だからという理由もあるかも知れませんが、私個人だけでも、何十冊も持っています。

日本語の異なった訳の聖書10冊以上、iPhoneやiPadのアプリの聖書、ヘブル語・ギリシャ語・英語・中国語・韓国語訳のなどの聖書。

たくさん持っているのに、本屋に並んでいる新発売の聖書を見ると、ついもう一冊買いたくなります。

そこには、私がキリスト教徒で、牧師であるだけではない理由があると思います。

聖書は、文学書として何度読んでも飽きない面白さがあります。

聖書の主題は「イエス・キリスト」です。

「あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたし(イエス・キリスト)について証言しているのです」(ヨハネ5:39)。

聖書は「イエス・キリスト」について書かれていますが、さらにその中心は、「イエス・キリストの十字架と復活」です。

ここにすべてが集約されているといっても言い過ぎではありません。

聖書に出て来る「十字架と復活」は、単に、ドラマの「死と復活」の要素だけではなく、神の一人子の本物の「死と復活」です。

聖書は、キリスト教徒でなくても、キリスト教徒になる気がなくても、すべての人が一読すべき本です。

食わず嫌いになったり、偏見で遠ざけてしまうことがないようにしてもらいたいです。

聖書を批判したい人が居るとしたら、聖書を一読した上で論じ合いましょう。

人は、人の話に耳を傾け、その話を受け入れ、考え方を変えることはまずないと思います。

現代の教会の牧師や司祭の多くは、人の耳ざわりのいい、受け入れやすい話をします。

しかし、聖書の言葉の多くは、耳ざわりがよく、受け入れやすい話ではありません。

人は、自分が聞きたいことを、聞きたいように聞くものです。

自分の考え方と似ていて、自分の心が求める内容だと、喜んで聞きますが、それでは、本質的には考え方は変わっていないものです。

宗教は、問題があったり、貧しく、苦しい状況になると、熱心に求められます。しかし、問題が解決し、豊かになり、苦しみがなくなると、途端に熱が冷めます。

教会に来られている人の中でも、そういう波を見ることがあります。

苦しみの中で、神を求め、熱心に求道したのに、問題が解決し、苦しみがなくなると、教会から距離を置いたり、離れて行く人が居ます。

これが悪いと言っているのではありません。それは普通の人だと思います。

しかし、一つ言えることは、その人が変わっていなかったことが明らかになったのです。信仰のメッキがはがれたのです。

聖書を受け入れることは、神を受け入れることです。それは、自分に死ぬことです。

ドラマの「死」を見ることは、他人事です。しかし、聖書を受け入れ、神を受け入れ、神を体験することは、自分に死に、新しく生まれ変わることです。つまり、「死と復活」を体験することです。

聖書の「死と復活」を体験することは、信仰の筋金が入ることです。

しかし、信仰の筋金は、入っているようで入り切っていなかったり、入ったつもりであることがあります。

それがわかるのは、苦しい時の神頼みをしたのに、問題が解決したら神から離れてしまう時です。

神を熱心に求めていた人が、熱が冷める理由は、神より大切なものができた時です。

イエス様は、「あなたの宝のあるところに、あなたのこころがあるからです」(マタイ6:21)と語りました。

今日、あなたの宝があるところに心があるのです。

あなたの宝は神でしょうか?

金でしょうか?
地位や名誉でしょうか?
恋人でしょうか?

ある外国の著名人が、「日本には八百万の神々がいると聞いて調べたけれど、それは間違いだ。日本人の神は金だ。日本人はお金教の信徒だ!」と言いました。

私も同感です。

もちろん、地位や名誉教、恋人教の信者も居ますが、お金はそれだけ強く人の宝になっています。

人は、その人が宝としているものによって振り回されます。

もし、神以外を宝としているなら、移り変わり行くものによって振り回されますので、安定のない人生を生きることになります。

神を宝として生きていきならば、神と共に「死と復活」を体験し、豊かな人生を生きることが出来ます。

「死と復活」の要素があるドラマは、誰が見ても心揺さぶられ、疲れますが、感動し、楽しいものです。

しかし、ドラマを見るだけではなく、自分の人生において「死と復活」を体験しませんか?

そして、これは一回だけではなく、点が線になるように、繰り返し体験していきませんか?

「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです」(ガラテヤ2:20)。

私は、「死と復活」のドラマを楽しむだけではなく、毎日、「死と復活」を体験しています。

死はつらく、悲しく、絶望のどん底に突き落とされますが、死に切った後に、神によって復活を体験させてもらっています。

だから、私の人生は豊かです。飽きることがありません。退屈知らずです。

どうぞ、毎日、「死と復活」を体験しながら歩んでいきましょう。



【動画メッセージ】
「好きなことをやろう」
https://youtu.be/4_3faqGChb0



【新宿駅 路傍伝道(前半)】
https://youtu.be/hD1VR-KWfsI (側方)
https://youtu.be/ucm9RbvgEzU (正面)
https://youtu.be/pb5H6mJckIw (後方)



※今朝は、葬儀の依頼の電話で起こされました。人が天に召される時間は選べません。早速式の準備が始まりました。お陰で目が冴えて、1日の仕事がはかどりました。早朝からバイクで出かけています。とても気持ちが良いです。この文章を青空の下で書いています。ところで、先ほど、けたたましいサイレンの音で消防車が幹線道路の赤信号を通過する場面に遭遇しました。「止まってください」というスピーカーからの大きな声に、すべての車が停車しました。しかし、誰も渡っていないのに、横断歩道の手前で一時停止し、さらに、交差点の手前で一時停止して、 ゆっくり走り去り去ったのです。「そんなのんびりしていたら信号が変わっちゃうよ」という気持ちになりましたが、以前、消防学校で消防車の運転免許の勉強をした時のことを思い出しました。「現場に向かう途中、赤色灯をつけて、サイレンを鳴らせば、赤信号をも通過できますが、そうであったとしても東京都は交差点手前で一時停止する決まりになっています。さらに、何があっても事故は起こさないでください。万が一事故を起こしたら、『緊急事態だから事故の後始末は後でお願いします』というのは通用しないので、その場で緊急出動はできなくなります」という教官の講義が今でも耳に残っています。昔、「注意一秒、怪我一生」というスローガンがありました。その通りだと思います。その一瞬の注意が事故を未然に防げることもあるのです。運転していると、「ヒヤリ・ハット」という状況に陥ることがあります。先日、幹線道路を走行中に自転車が急に飛び出して曲がって来て、間一髪で接触を免れたできことがありました。乗り物に乗る時、事故に至らなくても、「ヒヤリ・ハット」の状況でさえならないように慎重でありたいものです。皆さん、今日は天気が良くて最高に気持ちがいいですよ。どうぞ外に出てみてください。しかし、その気持ち良い1日を気持ちいいままで過ごすために、まずは神様に守っていただけるように祈りましょう。そして、イエス様と共に慎重に1日を過ごしてください。遅れることも、勇み足になることもないようにしたいものですね。素敵な1日でありますようにお祈りしています。
 

4月21日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月21日(水)09時47分49秒
  ? 〈4/21(水)本日の一言メッセージ+動画+α〉
①「自分を許そう」②「動画メッセージ」③「路傍伝道動画」④「牧師と私たちに必要なこと」

自分がミスをした時、自分を責めてしまうことはないでしょうか。

自分のミスを責めたり、自分を「バカだ」とののしったり、自分を非難するのはやめましょう。

自分のすることは何もかも間違っていると感じて、さらにミスを繰り返すことになります。

「大丈夫。大したことはない」と自分に語ってみたら、プレッシャーは軽くなり、ミスも繰りかえさなくなります。

自分に優しくすると、自分の間違った決断やミスに対して、客観的に受け止めるゆとりができて、同じミスを繰り返さないようになります。

誰だってミスは犯します。わざとそうした訳ではありません。

私たちを造り、愛しておられる神はあなたを責めず、優しく受け入れておられます。神がして下さったように、自分自身にも寛大になったら、他人に対しても優しく接することができるようになります。

「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです」(ヨハネ15:12)。

あなた自身を許し、受け入れ、寛容に受け止めたら、きっと次から、ミスを繰り返さないようになっていきます。

悔い改め、神様に心を向けましょう。そして、イエス様の胸に飛び込みましょう。

自分を責めるエネルギーを前進することに使って下さい。

【動画メッセージ】
「喜ぶ人と共に喜ぼう」
https://youtu.be/OqGOGuffz9s

【新宿駅 路傍伝道(前半)】
https://youtu.be/fq81gRFFu-w (側方)
https://youtu.be/rC9WnVbDiHs (正面)
https://youtu.be/yi7gQjjvHu4 (後方)

※私は18歳でクリスチャンになりました。20歳の時に神への献身の召しを受けました。それからは、この道一筋に歩んできましたが、紆余曲折を経験しました。牧師としての第一歩は開拓伝道でした。既存の教会の後任の担任牧師として赴任するという道もありますし、そのような招聘(offer)もありましたが、神様の私への召しは0から教会を建てる働きでした。開拓伝道をする上での課題は、①経済的必要が満たされること。②燃え尽きないこと。③罪の誘惑に打ち勝つことです。
①経済的必要は、様々な人を通してささげられる献金、そして、仕事をすることで得られる収入です。私は、前者の献金を通して経済的必要が満たされてきました。しかし、後者もサポートするのが自分であるというだけで、必要の満たしであることに変わりはありません。前者のサポートは、一時的であることが多いです。それも本当に感謝ですが、継続的に支えてくださったら、人間的にはありがたいです。先が見えるからです。この20年間の戦いは、神がすべての必要を満たしてくださることを信じ切ることに対してでした。
②開拓伝道をする上で、経済的に満たされたら、物理的に活動を続けていけますが、次に大切なのことは、肉体的・精神的・霊的に燃え尽きないことです。牧師は、そこに一途に働きを集中すると、思ったような成果がなく、やってもやらなくても批判されるようなこともありますし、燃え尽きたり、うつになりやすいのです。神との関係を強め、気分転換が必要です。
③経済的に必要が満たされ、燃え尽きないとしたら、牧師は続けられます。しかし、悪魔は絶えず隙を狙っています。悪魔は、戦いの最中に罪の誘惑を持ってきて、罠ににはめて、牧師を倒そうと付け狙っているのです。悪魔は、その人の持っている弱さをある程度熟知していて、その弱いところを狙ってきます。その時、神との関係があり、神だけに頼るならば100%勝利できますが、悪魔は、神以外の一見救いに見えるような罪の誘惑を仕掛けてきます。なぜあのような素晴らしい牧師が倒れてしまったのだろうか、というニュースを数多く見聞きしてきました。その人は有能で、かつ優しい人です。ただ誘惑に負けてしまったのです。しかし、日本のように、牧師が少ない国で、とても残念なことです。イエス様は、「そのとき、弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫の主に、収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい」(マタイの福音書9章37~38節)と語られました。収穫のための働き人が与えらると共に、働き人が守られるための祈りが必要です。
以上、牧師が伝道の働きを続けるために必要なことをお話ししましたが、何も牧師に限ったことではなく、すべてのクリスチャン、すべての人にとっても同じように必要なことです。①経済的に必要の満たし。②燃え尽きないこと。③罪の誘惑に負けないで、今日も歩んでいきましょう。そのための軸となることが神との関係です。神と共に、素敵な時間を過ごせますようにお祈りをしています。
 

4月20日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月20日(火)11時37分15秒
  ? 〈4/20(火)本日の一言メッセージ〉
『「負けないこと」「投げ出さないこと」「逃げ出さないこと」「信じ抜くこと」』

「負けないこと 、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じ抜くこと ダメになりそうな時どれが一番大事」

大事MANブラザーズバンドの「それが大事」のサビのフレーズです。

当時、クリスチャンであり、牧師になることを目指して神学校に通っていた私には、聖書の大切なエッセンスを歌っているように感じて、共鳴し、共感していました。

この歌の歌詞を引用して、伝道をしていたことを思い出します。

「何か、宗教っぽくて・・・」とか、「勝ち負けにこだわらなくてもいいし、大変なら投げ出してもいいし、嫌なら逃げ出してもいいし、信じぬかなくてもいいんじゃない。今を楽しんだ方がいいんじゃない!?」と、反論されたことを思い出します。

神抜きに考えたら、「こうあるべき!」のお説教みたいですが、
①人との勝負ではなく、自分の弱さに負けないこと。
②神に委ねて、人生を投げ出さないこと。
③与えられた人生から逃げ出さないで、神と共に歩みぬくこと。
④最後まで神を信じぬくこと。

とても大切なことを思い出させてくれます。

一回きりの繰り返すことのできない人生です。

今日も、お互いに最高の人生を歩ませていただきたいですね。



【動画メッセージ】
「自分をけなすことをやめよう」
https://youtu.be/fwU99PJFo-Q



【御茶ノ水駅 路傍伝道】
https://youtu.be/iZKppaaX214 (後半)



※私の人生は、天国に向かっての未開の航海をしているようなものです。天からのGPSであるみことばが私を導いてくださいます。「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です」(詩篇119篇105節)。しかし、天からのGPSは、目的地である天国と私の足のともしびとして、すぐ目の前を照らして導いてくださるだけです。それは通常の車のナビと似ています。高価なナビはとても優秀ですが、安価なナビはあまり信頼できません。私は、車のナビを信頼しているので、あれこれ考えないで指示された通りに運転をします。私の天国に向けての航海は、目まぐるしく状況が変化します。私を導かれる神様を信頼しているので、安心しながら今日も航海を続けたいと思います。あなたは神の導きを信じ、その導きを信頼していますか? それが信仰であり、神と共に生きることなのです。マイナスと思えることが起こっても、神は万事を益に変えてくださいますので、感謝しましょう。今目の前に食べる草や水がなくても、「主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます」(詩篇23篇1~2節)とあります。目先の状況に振り回されないで、信頼して神についていきましょう。素敵な1日でありますように。
 

4月19日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月19日(月)10時36分7秒
  ?〈4/19(月)本日の一言メッセージ〉
「愛せるようになりますように」

愛と恋は混同しやすい部分があります。

まず恋は、相手のいい部分だけを見て、相手を過大評価します。恋愛結婚をした後に、理想と現実のギャップに気づき、性格の不一致等を理由に離婚に至ることがあります。

では、愛とはなんでしょうか? 愛は、相手のすべてを知った上で、なお変わらずに愛し続けることです。

恋は、「あばたもえくぼ」からはじまります。やがて、「あばたはあばた」であったと気付きます。そのままでいると、「えくぼまでがあばた」に見えて、恋は終わりを告げます。

しかし、愛は、恋が終わったところからスタートします。

恋は、二種類の終わり方をします。

1、 別れる
2、 愛に変わる

多くの場合、別れることで終わります。しかし、恋が終わり、恋を愛に変えることができたら幸いです。

通常、生まれも育ちも違う男女が、一生夫婦として寄り添って生きていくことは奇跡に近いと思います。

何度も何度も、恋が愛に変わる経験をしているはずです。すなわち、相手を許し、あるがままで受け入れる痛みを経験しているはずです。

夫婦関係は、愛を学ぶ道場です。

夫婦関係で鍛えられた人は、鍛えられていない人に比べると、通常の人間関係を円満に持つことができるはずです。

すでに、許すこと、愛すること、受け入れること、相手に譲ること、自分に死ぬことなどの大技をマスターしているからです。

しかし、それらの大技がきかないようなモンスターはどこにでもいます。

どんなに夫婦関係の中で愛の訓練を通されていても、これでゴールということにはなりません。おそらく、愛は一生学び続けなければならいと思います。

私たちは、案外、人の欠点はよく見えるし、わかるものです。しかし、自分の欠点や罪はなかなか見えないし、認めたくありません。

私たちの欠点や罪はなんでしょうか?

愛がない点です。

愛と恋を混同している人は、自分は案外寛容で、愛がある人間だと思うかも知れません。恋をすることは難しくありません。相性のいい人や好きなタイプの人と仲良くすることはできます。しかし、愛せないタイプ、許せないタイプの人は、どこにでも存在します。

聖書は、「神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません」(ヨハネの手紙 第一4章20節)と語ります。

愛とは、気に入らないタイプの人でも愛し、祝福を祈ることからはじまります。

「わたし(イエス様)はあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」(マタイの福音書5章44節)。

その祈りができるかどうかで、愛があるかどうかがはっきりとわかります。

愛がないのが私たちの本当の姿です。

愛がないことは、人をねたむことでもわかります。

「愛は・・・人をねたみません」(コリント人への手紙第一13章4節)。

ねたみとは、天皇陛下や、総理大臣、大スターなどの雲の上の存在に感じることはまずありません。自分と立場が変わらず、年齢が近く、能力的に近い人が脚光を浴び、賞賛され、成功し、豊かな暮らしをしていること知った時に、ねたみを感じるのです。

ねたみを乗り越えている人は、自分の興味のあるジャンルで、しかも、自分が「こうしたい!」「こうなれたらいい!」と思っていることをしている人が居た時に、祝福し、「よかったね!」と言ってあげられます。

それは、非常に難しいことです。

しかし、愛は、身近な人の幸福や成功を心から喜ぶことです。

そして愛は、相手のあるがままを受け入れることです。

消極的には、気に入らない人の誹謗中傷をしたり、うわさ話をしたり、拒絶したり、無視したり、嫌がったり、否定しないことです。

愛は、そういうところからはじまります。

少しでも愛に生きはじめるなら、その分だけ幸せになります。

聖書を一言で要約するならば、「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」という言葉になります。

だから、隣人愛に生きるなら聖書を生きていることになります。

しかし、愛を追求し、愛に生きようと努力すればするほど、「不可能!」というところに行き着くものだと思います。

だから、敵を愛し、十字架の上で赦しを祈ったイエス様が必要なのです。

イエス様に愛を祈り求め、与えられた愛に生きはじめたら、奇跡が起こります。天国の幸せを味わえるようになります。

私たちは、天国の幸せを味わい、その幸せを自分だけではなく、周りの人にも分け与え、ひいては、世界に愛と平和をもたらしていくことにつながります。

世界では、覇権争い、策略を企てての陰湿な争い、血で血を洗うような争い、紛争、戦争が各地で繰り広げられています。やがて日本も巻き込まれる可能性があります。一体どうしたら、憎しみの連鎖を止めることができるでしょうか。

それは、一人の人の愛からはじまっていくのかも知れません。

十字架につけられてもなお、「父よ彼らを赦したまえ。彼らは何をしているのかわからずにいるのです」と、赦しを叫ばれたイエス・キリストの愛こそが、憎しみの連鎖を止め、世界を救うと信じます。

その愛を頂いて、自分が幸せになり、その幸せを分かち合い、幸せな国、幸せな世界を作って行きたいものです。



【動画メッセージ】
「恐れの向こう側にある世界」
https://youtu.be/CGNL_S1k0tQ



【新宿福興教会 主日礼拝】
https://youtu.be/bx7Q_Lj9lJs



【御茶ノ水駅 路傍伝道】
https://youtu.be/P2mBrM6r4hg (前半)



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※人は、自分が自分が生きていたという証を残したいという願望があるのではないかと思います。歴史に残るような偉業を成し遂げた政治家は、銅像が建てられて、ある程度人々の記憶に残ることがあります。人々を魅了し、心に残る歌を歌った歌手、心に残る演技をした俳優や女優は、人々の心に残ります。しかし、それは一時的なものです。イエス様に香油を注いで埋葬の準備をしたベタニアのマリヤはどうでしょうか?
イエス様は、「この女が、この香油をわたしのからだに注いだのは、わたしの埋葬の用意をしてくれたのです。まことに、あなたがたに告げます。世界中のどこででも、この福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られて、この人の記念となるでしょう」(マタイの福音書26章12~13節)と語られ、何度も説教で取り上げられています。
またイエス様は、「なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。それこそ、人の子があなたがたに与えるものです。この人の子を父すなわち神が認証されたからです」(ヨハネの福音書6章27節)と語られました。つまり、「永遠につながる働きをしなさい」ということです。それは、イエス様があなたに与えられた働きであり、心の動機の問題なのです。
「自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。自分の宝は、天にたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです」(マタイの福音書6章19~21節)。
あなたの宝はどこにありますか?  この地上にあるでしょうか?天にあるでしょうか?
聖書は、「あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい」(コロサイ人への手紙3章2節)と語ります。
天にあるものを思いながら、今日を生きていきましょう。素敵な1日でありますように。
 

4月18日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月18日(日)08時13分20秒
  ? 〈4/18(日)本日の一言メッセージ〉
「人を注意する時に大切なこと」

時々、人を注意して指導しなければならなくなる立場に立たされることがあります。

それが子ども相手ならいざ知らず、大の大人が相手ならつらいものです。

どんな人でも、人から注意されたり、批判されることはうれしくないからです。

この時、「私は正しい!」「あなたは間違っている!」というスタンスで注意するとしたらどうでしょうか?

キツイ対応になります。

もちろん、言うべきことは言わなければなりませんが、少なくても、上から目線で物を言うというのは、相手が素直に受け止められない可能性が高くなります。

「私は正しい!」「あなたは間違っている!」というスタンスは、自分のことを棚に上げなければできることではありません。

誰もが失敗をした経験がありますし、人から注意されて、わかっているけれど、素直に「ごめんなさい」「わかりました」「教えて下さってありがとうございます」などと言えなかった経験があるはずです。

それを思い起こしながら語ることが大切です。

「私も同じような失敗をするし、弱さを持っているけれど、あえて言わせて頂きたい」というスタンスで語るのです。

上から目線にはなり得ません。謙ったスタンスであり、同じ目線です。

しかし、そうやって注意したとしても、必ずこちらの真意が伝わるかと言えば、そうではありません。

プライドが高く自信のない人、ナルシストで過剰な自己愛を持った人などはは、真っ赤な顔をして逆切れすることも考えられます。

そういうリスクを犯してでも、嫌われることを恐れずに言わなければならない時があります。

極めつけは、相手の幸せや祝福を願いながら注意することです。

聖書は、「互いの重荷を負い合いなさい」と語ります。

「兄弟たちよ。もしだれかがあやまちに陥ったなら、御霊の人であるあなたがたは、柔和な心でその人を正してあげなさい。また、自分自身も誘惑に陥らないように気をつけなさい。互いの重荷を負い合い、そのようにしてキリストの律法を全うしなさい。だれでも、りっぱでもない自分を何かりっぱでもあるかのように思うなら、自分を欺いているのです。おのおの自分の行ないをよく調べてみなさい。そうすれば、誇れると思ったことも、ただ自分だけの誇りで、ほかの人に対して誇れることではないでしょう。人にはおのおの、負うべき自分自身の重荷があるのです」(ガラテヤ6章1節~5節)。

自分を棚に上げないで言うことはつらいです。

通常、そこまで考えたら言えなくなってしまうからです。

それでもあえて言うとしたら、相手への愛です。

そのように、互いに重荷を負い合って、より良い社会を目指していきたいですね。

私は、イエス様の愛を思い出します。

イエス様は、罪のないお方であるだけではなく、罪を知らないお方です。この方が私の罪を身代わりに背負って十字架で死なれました。

そして、私たちを責めることなく、赦し、愛し、受け入れて下さいました。

人を注意する前に、この方の愛を体験し、祈りながら言わせて頂くことが、最も相手にとって益になる言葉ではないかと思います。



【動畫メッセージ】
「祝福された結婚」
https://youtu.be/LGVSKOrTR-Y



【新越谷駅・南越谷駅 路傍伝道】
https://youtu.be/Mm5PJPcaxsg (正面)
https://youtu.be/OFLOUC6l-fQ (左横)



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※昨日は、たくさんの方から「『罪の力』と書くべきところを『妻の力』となっていました」とご指摘をいただきました。ありがとうございます。
携帯で文章を作成しているために、パソコンよりも小さな画面であるため、誤変換に気づかないことがあります。加えて目の疲れと、気の緩みなどが重なって、一度は読み返しているはずですが、気づかなかったと言うのが正直なところです。
車の運転をしていて、「信号を見落としました」「標識を見誤りました」「歩行者が見えませんでした」などで大きな事故を起こしてしまった後で言い訳をする訳にはいきません。文字の誤変換は人命に関わらないにしても、間違いのないようにしたいものです。
今日の一言メッセージは、「人を注意をする時に大切なこと」ですが、人はどこかで、何かの点で失敗し、間違いを犯しているものです。その体験を忘れないで、自分を棚に上げないで、人と関わることができたら、失敗は繰り返してはいけないのですが、その失敗は祝福に変わります。「お互い様」で済むものは「お互い様」で済ませたいものです。しかし、足を踏んだ側は踏んだことを忘れても、足を踏まれた側は踏まれたことをいつまでも忘れないという現実があることも心得たいものです。「受けた恩は石に刻み、かけた情けは水に刻む」ように、人にしてしまったこと、そして、人からしていただいたことを忘れず、自分がしたことはさっさと忘れてしまうくらいでちょうどいいのかもしれません。
互いに重荷を負い合いながら生きていきたいですね。毎日ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。素敵な一日でありますように。

https://sgr-ch.net/

 

4月17日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月17日(土)10時27分46秒
  ? 〈4/17(土)本日の一言メッセージ〉
「丸ごと愛する愛」

私たち人間には、必ず長所と短所があります。それは、紙に表と裏があるようなものです。

長所と短所は、相性の良し悪しで見え方が変わってきます。相性がいい関係だと、互いに長所ばかりが見えますし、相性が悪い関係では、互いに短所ばかりを見えます。

ある人が、飛行に乗って海外に日帰り旅行に出かけました。朝、日本を発ったのに、到着した国も朝でした。そして、暗くなる前に飛行機に乗って帰国の途に着きました。土産話で家族や友人にこう話しました。「私が行って来た国には、夜がなかったよ。いつも太陽が出ていて明るかったよ」。

明るい時間しか見ていなかったのです。

通常私たちは、他の人にいい部分だけを見せようとしているのではないでしょうか。

ある人は、仮面をかぶってでも長所だけを人に見せようとします。どんなに相性がいい2人も、結婚をしてみれば人間には長所だけがあるのではないことがわかるはずです。

どんな英雄も、アイドルも、聖職者でも、短所があります。反対に、どんな極悪人も、犯罪者も、卑劣な人間にも、長所があります。

良いと思う人には長所だけがあってほしいと願いますし、悪いと思う人には、短所だけがあると思いたいですが、そうは問屋がおろしません。

イエス・キリストは、「よい部分だけを伸ばして、悪い部分を削ってから、私のもとに来なさい」とは言われませんでした。「そのままの姿で、私のもとに来なさい」と言われました。

私たちが、丸ごとイエス・キリストに赦され、愛され、受け入れられ、包まれていることを経験した人は、自分のすべてを愛し、受け入れられるようになり、キリストが言われた愛を実践して生きる人になります。

人を愛せるようになれた分だけ幸福になります。

人の長所か短所しか見られない人は、キリストの愛をまだ知らないのかも知れません。

しかしその愛は、あなたが認めても、認めなくても、空気がそっとすぐそばにあるように、いつもそこにあります。

キリストの愛を信じる人には、心臓が絶えず鼓動しているように、あなたの中で鼓動し続けます。

あなたは愛されています。その愛に気付いても気づかなくても、あなたはその愛にすでに囲まれています。

「私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません」(ローマ人への手紙 8章38~39節)。



【動画メッセージ】
「成功は人生のゴールではない」
https://youtu.be/p-UNOx8RHc8



【武蔵溝ノ口駅2階デッキ 路傍伝道】
https://youtu.be/tSlV8b6ErXQ (前半)
https://youtu.be/Ty0Pj1BaNbs (中盤)
https://youtu.be/E2jQayyoBzQ (後半)



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※聖書は、「諸悪の根源はサタンである」と教えます。表面を見ると、人や環境が問題であるかのように見えることがあります。「こいつは本当に悪いやつだ」「この出来事さえなければ」と確信を持って言いたくなるかもしれません。しかし、それは木を見て森を見ないようなものです。サタンは「古い蛇である」と書かれています。人類の祖先であるアダムとエバを騙して、罪に誘(いざな)いました。今日も、サタンは人を騙して罪に誘います。例えて言うなら「ゴキブリホイホイ」のようなものです。ゴキブリが好きな食べ物の匂いを中央に仕掛けて、そこに足を踏み入れたら最後、捕まって、死ぬまで逃げ出せないアレです。サタンは、罪があたかも徳をして、楽しみや快感を与え、メリットがあるように見せかけて、人を罪に誘います。しかし、そこに足を踏み入れたら最後、ゴキブリホイホイに捕まったゴキブリのように、罪の奴隷となり、罪責感に縛られてしまいます。もちろん、アダムとエバ以来、人類は罪を持ったまま生まれて来ていますので、程度の差こそあれ、ゴキブリホイホイの中で誕生したようなものです。自分がそこにいることさえも気がつかないほど妻の力にどっぷり浸かっているのです。しかし、イエス・キリストは十字架と復活によって、罪と死の力に打ち勝たれました。悔い改め、イエス様に立ち返るならば、つまり、信じるならば救われます。ゴキブリホイホイに捕まった状態から新しく生まれ変わり、解放されました。二度とあの罪の奴隷に戻ることがないようにすると共に、そこに捕まっている人を解放するために祈り、聖霊に満たされ、伝道に立ち上がりましょう。サタンはその子分である悪霊どもと共に、今日もあなたを罪に誘います。嘘をついて、神からあなたを遠ざけます。サタンは、諸悪の根源である自分自身を隠して、人や状況のせいであるかのように騙します。騙されないようにしましょう。騙されたら、無益な血肉の争いや空を打つ拳闘に巻き込まれてしまいます。木を見て森を見ないのではなく、森を見て木を見るように、神を見て全てを見ながら、神と共に与えられた使命を果たしながら生きてまいりましょう。素敵な1日でありますように。

https://sgr-ch.net/

 

御茶ノ水駅 路傍伝道

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月16日(金)22時51分38秒
  「目の前で人身事故が起こり、死の問題に触れながら福音を語った」
4月16日(金)17時~19時【東京23区シリーズ】『御茶ノ水駅前 路傍伝道』

御茶ノ水駅は、若い学生が多いので、次世代を担っていく人たちに伝道ができるので有意義です。2名の方が新しく路傍伝道に参加してくださいました。路傍伝道を開始する直前に丸の内線で人身事故が発生しました。多くの方がJRに迂回して来られたので、「死」の問題に触れながら、多くの方々に福音を伝えることができました。仏教徒の方が興味を持って立ち止まってくださったり、キリスト教の三位一体論にいちゃもんをつけてきたイスラム教徒の方もいらっしゃいました。6名で力を合わせて伝道ができて喜びで一杯でした。

https://sgr-ch.net/

 

4月16日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月16日(金)10時40分55秒
  ?〈4/16(金)本日の一言メッセージ〉
「ストレス解消の秘訣」

ストレスが溜まると病気になりやすいそうです。心がストレスを感じ続けると、交感神経と副交感神経のバランスを崩れて、自律神経が失調し、体の免疫が低下し、病気になりやすい状態になります。

ストレスという言葉は、1936年にカナダの生理学者ハンス・セリエ博士(Hans Selye, 1907-1982)によって初めて使われました。もともとは物理学の言葉でしたが、後日、生物学の世界で一般的に使われるようになりました。

物理学で使われた時には、金属に対して、歪むような形での力が加えられ続けると、金属疲労を起こし、やがて折れてしまうということですが、もし、金属でさえ壊れてしまうとしたら、私たちの体はなおさら壊れてしまうのではないでしょうか。

ストレスを解消する秘訣はたくさん語られていると思いますが、一番強力な方法は笑うことだと思います。ある医学博士が、笑いの効能が医学的に証明されていると語っている話を本で読んだことがあります。

笑うと、交感神経と副交感神経のバランスが良くなり、免疫が強化され、ストレスを跳ね飛ばします。

ストレスの多い社会の中で、ストレスを感じないで生きることは難しいでしょう。もちろん、ストレスのない状態がいいとは限らないと思います。地球に重力が働いているように、適度なストレスは必要です。

ストレスを感じる人への朗報があります。

神を信じて、笑って下さい。

神を信じて笑うのは、「なるようになる」という意味の「ケセラセラ」(Que sera sera/ケ・セラ・セラ)とは違います。心からの安心から出て来る笑いです。

200Kgのバーベルを持ち上げられる人に取って20Kgのバーベルを持ち上げることはわけありません。

神はキリストを通して、人類最大の問題である死を討ち滅ぼして下さいました。最大の問題が解決されているということは、それより小さい、日常の諸問題は200Kgに対する20Kgのようなもので、解決されているに等しいからです。

バイブルは、「いつも主にあって喜びなさい」(ピリピ人への手紙4章4節)と語ります。

みなさんは最近大笑いをしましたか。私は毎日たくさん笑います。それでもすごいストレスを感じることがあります。もし私から笑いを取ってしまったとしたら、とっくにうつ病などの精神的な病気になってしまっていただろうと思います。笑っていると、いつの間にか嫌なことを忘れています。

お酒やタバコや、一時的に気分を紛らわすのとは違います。二日酔いをしたり、効能が切れてきてイライラすることもありません。笑いは、心の奥底から掃除してくれます。

笑いは、無理に笑っても効果があると思いますが、心から笑うことです。前述のように、人生最大の問題が解決していますので、「今は問題があっても、やがて解決する!」あるいは、「今のマイナスの出来事は、やがてプラスに変わる!」と信じたら、深刻になりようがありません。

深刻にならざるを得ないのは、この問題解決の秘訣がそれを必要としている人に伝わってないことに対してだけです。だから伝道するのです。

その秘訣を知った上で、「興味がない!」と言われるなら仕方ありませんが、知らないままでいてもらいたくないと思います。

仮に、不治の病の特効薬があり、不治の病にかかっている人がいたとします。目の前に特効薬が置かれているのに、特効薬が自分の病気に効くと知らされていないとしたら、目の前に薬はあっても、何の役にも立ちません。知ったら飲むはずです。特効薬の存在を知らないということは悲劇です。

イエス・キリストが救い主であるかどうかを多くの日本人が知りません。「単なる外国の宗教」と括ってしまって終わっています。

一度でいいから、イエス・キリストと対面し、出会ってもらいたいです。その上で、「私は興味がない!」というのはその人の自由ですが、「知らなかった!もっと早く知りたかった!」と言って信じる人がたくさんいます。

昔こんなコマーシャルがありました。「あなたにもチェルシーあげたい」。私は、「あなたにもイエスをあげたい」です。

どうぞ、ストレスは金属さえ壊してしまいます。ストレスを溜めない。ストレスを解消し、ストレスを味方に付けるような毎日をすごせたらいいですね。



【動画メッセージ】
「無邪気なあなたが一番素敵」
https://youtu.be/jbrYomKqoiY



【東中野駅駅 路傍伝道】
https://youtu.be/8ZAVN7KSaUI (1)
https://youtu.be/Z7q8G9JwjzQ (2)
https://youtu.be/M6GsyAaP4ZM (3)
https://youtu.be/bm8V42OOIqQ (4)



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※昨日は、朝5時半に起きて、昨日送らせていただいたメッセージを準備して、送信して、朝8時に自宅を出て、埼玉の越谷に向かいました。朝10時から教団のオンライン役員会を星乃珈琲店で参加し、昼食を済ませてから、路傍伝道ネットワークの協力を依頼するための教会訪問を行いました。思った以上に早く終わったため、以前路傍伝道をし始めて数分でストップをかけられた新越谷駅・南越谷駅広場で路傍伝道を行いました。その時は、音楽を止められたため、今のように街頭演説に切り替えて続けるという方法を考えることはなかったので、仕方なく撤退しました。それから3年間、越谷に行くたびにその駅のことを思い出し、「いつか再び行きたい!」と思い続けてきました。昨日は1時間30分心ゆくまで聖書の街頭演説を行いました。何かに失敗し、挫折の経験がトラウマになることがあります。その治療は、その挫折の経験を踏み直して、失敗を成功に変えることです。イスラエルの民は、モーセを先頭に昼は雲の柱、夜は火の柱によって導かれてカナンの地を目指しました。しかし、不従順の結果、第一世代はヨシュアとカレブを除いてみな滅ぼされました。その失敗の歴史を踏み直すように、イエス様は、紅海渡渉に対してバプテスマのヨハネから洗礼を受け、荒野の40年に対して荒野での40日の断食と悪魔に対する勝利を取られました。イエス様は、人類の挫折の歴史を勝利に塗り替えられたのです。今日、イエス様と共に、もしトラウマや挫折経験があったら、そこに立ち戻って、勝利と成功に塗り替えて、さらに前進しませんか? 昨日の私の路傍伝道は、心に引っかかっていた経験を踏み直すことでもありました。逃げたり誤魔化さないで、主と共に勝利者として歩んでいきましょう。素敵な1日でありますように。

https://sgr-ch.net/

 

4月15日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月15日(木)07時06分6秒
  ? 〈4/15(木)本日の一言メッセージ〉
「人生は、いつも今が最高!」

私は、「あなたにとって、人生とは何ですか?」と聞かれたとしたら、「いつも今が最高です!」と言いたいと思います。

人生を区分することは簡単にはできませんが、振り返ってみると、一桁代の幼稚園・小学生時代、十代、二十代、三十代、四十代それぞれにまったく違う世界観、価値観、感覚を感じていると思います。

それは優劣ではなく違いです。いつのどの時も素晴らしいですし、違った楽しさがあるものです。

もし、小・中学生の時代に、三十代、四十代がどういうものなのかを知っていたら、きっと違う生き方をしていただろうと思います。

その頃の私は、「早く大人になりたい」と思いながら一生懸命に生きていました。その若さが懐かしいです。

合理主義とは無縁でした。今を懸命に生きていましたので、過去を振り返って悩んだり、未来を心配しませんでした。

しかし、子供の頃に大人がどういうものかわかっていたとしたら、無駄な時間の浪費をせず、自分の目標に関係する勉強をし、知識や経験を積み上げ、失敗を避け、合理的に生きただろうと思います

もしそんなことが可能だとしたら、大人びた子どもとなり、人生はつまらないものになってしまっただろうと思います。

26歳の時に伝道師になり、同じ年に、結婚をし、アメリカ留学をしました。

30歳で牧師になり、東京の新宿で開拓伝道をはじめました。

その後も神学勉強を続け、38歳の時に神学大学院から博士号を頂き、この頃から出前牧師の働きを本格的にスタートしました。

こう書くと、人生が順調に進んでいるように見えるかも知れませんが、紆余曲折の連続でした。ただ必死に神様を求め、神様にすがりつき、今日まで歩んでくることができました。

一桁代の頃、そして、十代の頃、自分が三十代になることもイメージができませんでした。死ぬ日が来るのは、遠い遠い未来のことだと考えていました。

二十歳の時に、人生を神様に捧げて献身しました。神学校の寄宿舎生活をはじめ、アメリカの留学生活を含め、牧師になる訓練を受け続けました。浦島太郎のように、この世の社会とかけ離れ、その年代のカラオケの歌を知りません。

三十代になり、牧師として教会の働きをスタートしましたので、二十代が勉強と下積み生活でしたが、小さいなりにもいきなり社長になったようで、とても苦労をしました。失敗もたくさんしました。

四十代になり、三十代での教訓が生かされ、やっと落ち着いて牧師の働きができるようになりました。ゆったりしていますが、同時に、全力で毎日生きています。静かに全力で回るコマのようです。

ところで、私の趣味の一つは登山です。今まで、何度も富士山に登って来ました(頂上まで登ったのは二度だけです)が、富士山に登る時は、五合目まで車で行きます。それから徒歩で、六合目、七合目、八合目、九合目、そして、頂上に上ります。

人生を生きてきて、それぞれの年代で見える景色が違うというのは、富士登山で登るにつれて見える景色が変わるのと似ています。

登山は、頂上にのぼることだけが目的ではありません。その途中のプロセスが楽しいですし、登頂した後には、必ず下山しなければなりません。下山も楽しいです。私はいつも、砂走を走るようにして下山しますが、これがやめられません。

人生を2つに分けるとしたら、その中間を頂上と考えると、後半は下山です。人生は、後半も楽しいのです。

山を登りながら、後ろを振り返ることがありますが、後悔するではなく、「あー、こんなにのぼって来たんだ!」と、うれしくなります。人生を振り返ることも、そうでありたいです。後悔しても、人生は元には戻れません。

もし、失敗をしたとしたら、反省し、教訓とすることで、未来に生かしていったらいいのです。

同じように、朝も素晴らしいです。昼も素晴らしいです。夜も素晴らしいです。

日曜日も、月曜日も、火曜日も、水曜日も、木曜日も、金曜日も、土曜日もみんな素晴らしいです。

昨日も、今日も、明日も素晴らしいです。

いつも素晴らしい、毎日最高と感じる秘訣は、神に祈り、神と直結し、神と共に歩むことです。

『見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます』(マタイ28:20)。



【動画メッセージ】
「安住は成長の敵」
https://youtu.be/fYnRCySdg40



【大久保駅 路傍伝道(後半)】
https://youtu.be/0w8AQSvzFzQ



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https://japan-harvest.org



※おはようございます。今日も素晴らしい1日でありますようにお祈りをいたします。
意識をして神様と共に歩む生活をしていると心配は減り、反省しないという意味ではありませんが後悔がなくなっていくものです。朝起きて、昨日の後悔や明日に対しての心配がまったくないと言ったら嘘になりますが、それよりも、心は平安で満ち溢れて、今日1日に対する期待が自然に湧き上がってきます。しかしもし、神様と共に歩まないとしたら、それは自分が自分の重荷をすべて背負っていくようなものです。その実力もないのにです。だから、心配があって当然なのです。だからといって、神様と共に歩むというのは、自分の人生を放棄して操り人形のようになるということではありません。「人は神より少しだけ低く造られた」と聖書は語ります。全知全能の神様と相談し、神様に聴き、神様に導かれながら歩むことです。知らない道を当てずっぽうで運転するのと、ナビゲーションシステムに導かれながら運転するのとでは、安心感はまるで違いますし、確実に目的地に向かえます。私たちは、イエス様に導かれながら、天国に向かって今日も生きているのです。うきうきワクワクしないはずがありませんね。
今日は、これから路傍伝道ネットワークの協力をお願いするために教会訪問をする予定です。今から楽しみです。
ところで、昨日のニュースで中部地方の教会で新型コロナウイルスのクラスターが発生したと耳にしたのではないかと思います。緊張が走りました。
嵐の日のドライブの時にも、withコロナの時代は、嵐の中を運転しているようなものです。しかし、そんな時にもナビゲーションシステムはしっかり稼働しています。大切なことは、嵐の時には、窓を閉めること、慎重に運転をしなければなりません。同じように、コロナ対策をし、気をつけながら1日を歩んでください。嵐の中でも、しっかりとナビゲーションの導きを聞き漏らすことがないように、イエス様から目を離さないで歩んでください。
「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました」(ヘブル人への手紙12章2節)。

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4月14日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月14日(水)09時08分47秒
  ?〈4/14(水)本日の一言メッセージ〉
「障がいも含めてあるがままを受け入れる」

牧師という働きをする中で、数多くの精神障がい者や発達障がい者と出会ってきました。

そういう方々とのかかわりの中で、そういう人を受け入れない人が多くいることに気づきました。

①一つ目は、あからさまに毛嫌いし、避け、拒否する人がいます。

②しかし、もう一つのタイプの人がいるのです。受け入れているように見えるけど、実は受け入れていないのです。

私が、うつ病とか、統合失調とか。自閉症スペクトラムとか、ADHDなどの病名を言うと、「先生、そういうことは言わない方がいいんじゃないでしょうか!?」と言うのです。

こちらが勝手に病名を付けているのではなく、医学的に病名が付いているのに、「なぜだろう?」と思いました。

わかったのは、病気がないのは「良い」けれど、病気は「マイナス」であると考えているのです。その問題にふれない方が良いと考えるので、「言わない方が良い」と考えているのです。

実は、これも障がい者を受け入れていないのです。

③最後に、信仰に熱心な人に多いのが、「先生、かつての私は○○でしたが、今は神様によって完全にいやされました」と言うのです。

もちろん、神様による完全ないやしはありますが、そうではなくて、自分が障がい者であることを受け入れられないので、病気の事実に目をつぶって、見ないようにしているだけである場合があるのです。

病気が治った自分は「良い」けれど、障がいを持った自分は「ダメ」だと考えているのです。

これは、自分に無理をしている状態なので、かえって症状を悪化させてしまって、治るものも治らないようにしてしまう可能性があります。

そういう時、「障がいを持っていてもいいんだよ。障がいがあるままで大好きだよ」と言ってあげると良いのです。

そうしたら、「障がいがあってもいいんだ」と感じるようになり、それを認め、受け入れることができます。

それは、成長して一皮むけた状態であり、いやしに一歩近づいた状態です。

障がいを持つ人に対して、差別をしたり、見下したりしてはいけません。

しかし、だからと言って、その症状を認めることをしない人は、実は、障がいを受け入れてないのです。

障がいは、見方を変えれば、個性なのです。

長嶋茂雄、アインシュタイン、スティーブジョブス、ビルゲイツ、黒柳徹子、ウーピー・ゴールドバーグ、さかなくん、スーザン・ボイル、ウオルト・ディズニー、スティーブン・スピルバーグ、ジョン・F・ケネディ、坂本龍馬、織田信長、レオナルド・ダ・ヴィンチ、トーマス・エジソン、モーツァルトなど。

発達障がい者は、ものすごくこだわりが強く、自分のやり方でないと納得できない性質を持っています。それが、成功につながる場合もあります。

しかし、多くの場合、コミュニケーションがうまく取れないので、理解してもらえず、生きるのがつらく、マイナスとして見られてしまいがちです。

にもかかわらず、事実を事実として受け入れ、良い悪いという枠組みを外して受け入れ、受け止め、共に生きて行くことが必要です。

そんな共に生きて行く社会を築き上げていきましょう。



【動画メッセージ】
「求める愛から与える愛にギアチェンジ」
https://youtu.be/yrWR9EXwmHw



【新宿福興教会 オンライン主日礼拝】
https://youtu.be/ge6YJ7ZoXY4 (夕礼拝)

https://sgr-ch.net (ホームページ)



【大久保駅 路傍伝道(前半)】
https://youtu.be/FHItWu1hE10



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※「晴れの日はハレルヤ。雨の日はアーメン」と心に言い聞かせます。一年間で150回路傍伝道をしていても、ほとんど雨などの悪天候から守られています。野外での街頭演説、ストリートライブ、聖書配布は支障をきたすからからです。しかし、そう思ってしまうのは単眼的に物事を見ているからかもしれません。雨が降らないと、空気が乾燥し砂っぽくなり空気が汚れます。そこに雨が降ることで潤いを与え砂や汚れを洗い流します。雨は天然の加湿器であり空気清浄機なのです。また、実りを与え、飲み水となります。聖書の舞台となるイスラエルでは雨量が足りなくて苦労している姿を目の当たりにすると、日本のように適度に雨が降るのは、恵みの雨なのだなと感じます。路傍伝道をしていて、雨の日に配布物を渡されても鬱陶しいだけのように感じるだろうと勝手に思い込んでいましたが、雨の日に憂鬱な気分になった時には、晴れの日とは違う気持ちで受け取ることができるので、雨が大気と大地を潤すように、受け取る人の心と体を潤してくれるに違いありません。確かに雨の日の伝道はしにくいですが、傘をさしたり、屋根の下に移動して伝道をしたら良いのです。それが、複眼的に物事を見ることです。雨のマイナス面を認めつつ、雨のプラス面を同時に見ることです。
みなさんの人生においても、マイナス面があるはずです。マイナスはマイナスとして、その事実を直視し、そのまま受け入れることです。しかし同時に、神に祈り、見えないプラス面を見せていただき、感謝しながら生きていってください。目が2つあるように、あなたの人生に対しても複眼的に物事を見、受け止めて、その上で感謝してください。
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」(ローマ人への手紙8章28節)。
「雨でもハレルヤ」。
素敵な1日でありますように。

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4月13日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月13日(火)09時58分58秒
  ?〈4/13(火)本日の一言メッセージ〉
「犬も歩けば棒に当たる。そんな時どうする?」

「犬も歩けば棒に当たる」は、「出しゃばるな!」という意味で使われます。

そりゃ生きていれば、勇み足で痛い目に合うこともあります。

しかし、懸命に生きていれば、当たる棒が神の祝福であることはいくらでもあります。

棒で叩かれ、痛いと思っていたことが人を訓練し、鍛錬し、人格を作り上げることもあります。

聖書を引用します。

「あなたがたはまだ、罪と戦って、血を流すまで抵抗したことがありません。そして、あなたがたに向かって子どもに対するように語られたこの勧めを忘れています。『わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである』。訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか。もしあなたがたが、だれでも受ける懲らしめを受けていないとすれば、私生子であって、ほんとうの子ではないのです。さらにまた、私たちには肉の父がいて、私たちを懲らしめたのですが、しかも私たちは彼らを敬ったのであれば、なおさらのこと、私たちはすべての霊の父に服従して生きるべきではないでしょうか。なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます」。(ヘブル12章4節~11節)

痛い棒を感謝して、神の訓練と受け止めて下さい。

①神に聞き、神に人生を導いて頂く
②神と共に生きる
③神に栄光を帰す

しかし、神の導きを見誤り、勇み足で棒に当たり、痛い目に合った時は、神に立ち返り、神に聞くことです。

神様は、
①そのまま走り続けるべきなのか、
②交差点の止まれの標識の前で一時停止するように、立ち止まって神のタイミングを待つべきなのか、
③Uターンするべきなのか、
必ず教えて頂けます。

「神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです」(ローマ8章14節)。

神と共に、大胆に生きること。そして、謙遜に生きることを学ばせて頂きたいですね。



【動画メッセージ】
「無難な意見よりも、異見を言え」
https://youtu.be/6CgzqIFWIJU



【新宿福興教会 オンライン主日礼拝】
https://youtu.be/fi7LGVmS0XQ (朝礼拝)

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【越谷駅 路傍伝道(後半)】
https://youtu.be/U3GEGk_ZHCw



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※今日の午前は、教会が所属している教団が所属する「JEA(日本福音同盟)」の代表者の集いがオンラインで行われます。午後は、近々、路傍伝道ネットワークの教会訪問や大会で配布するニュースレターの折込などをします。やることが途切れないし、次々に仕事が入って来るのでパンクしそうな気がしますが、不思議とちょうど良くことが運びます。それは、私の時間のマネージメントをし、調整までしてくださる神様が運んでくださっているからです。
1日のはじめに神に聴き、神に導かれながら、神と共に歩んだら、これ以上もこれ以下もない最高の1日を過ごせるようになります。神と共に歩まない人生は、「木を見て、森を見ない」ようなものです。私たちは、今この時、置かれている場所に立ち、その周囲を見ることがやっとです。しかし神は、永遠という視点からすべてをご覧になり、その上で1番良い導きを与えてくださいます。神と共に生きないではありません。しかし、これが難しいのです。自分がやりたいやり方と神のやり方は違うのです。また、自分が行きたい道と神が導かれる道は違うのです。そのすり合わせが祈りであり、イエス様がゲツセマネの園で、「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください」(マタイの福音書26章39節)と祈られた祈りのように、「私自身が願うようにではなく、神の御心を行ってください」と祈れたならば、それが神と共に歩む一歩なのです。
神と共に、素敵な1日をお過ごしください。祝福をお祈りいたします。

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4月12日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月12日(月)10時41分26秒
  ?〈4/12(月)本日の一言メッセージ〉
「結婚の神秘」

人生の中で、結婚は七不思議の一つに数えられる神秘ではないかと思います。

たまたま出会った二人が恋をして、やがて結婚をして、一つ屋根の下に暮らし、家庭を築くようになるのですから。

すべての異性に出会った上で結婚相手を決めたならば話は別ですが、人生のパートナーを選ぶという重要な選択を、簡単ではないはずですが、スパッと決めてしまえるのは、恋愛感情のパワーだと思います。

恋愛をすると、相手の顔のあばたもえくぼに見えます。夢中になると、互いに好かれようと一生懸命に努力します。そして、夢中になり、もう誰にも止められません。

恋愛感情は、神が人類に与えて下さった尊い感情です。もしこの感情がなかったとしたら、おそらく、結婚する人が激減することでしょう。

神は、結婚相手を私たちに押し付けてくるようなことはありません。あくまで、自由意思を尊重して下さいます。

聖書のごく一部の記述を除いて、神様の声が聞こえて、「あなたは~と結婚しなさい」とは書かれていません。

預言者ホセアは、神から「行って、姦淫の女をめとり、姦淫の子らを引き取れ」(ホセア書1章2節)と命じられました。

ホセアの妻となったゴメルは、姦淫を繰り返し、夫ホセアから愛されているのに、他の男性との浮気を繰り返しました。

このゴメルの姿は、神から見た私たちの姿です。神に愛されていながら、神に背を向け、神でないものを愛している人たちが世の中に多くいます。

神は、みなさんを愛しておられるので、神様に背を向けて生きているとしたら、今日も心を痛めつつも、あなたを愛しています。

話はそれましたが、神が具体的に「~と結婚しなさい」と命じられたのは、ホセアとゴメルくらいしかありません。

神は、どんな人と結婚してもいいという自由を与えて下さいました。しかし、これが難しいのです。自由には責任が伴うからです。

神が決めた結婚ならば、うまくいかなければ神のせいにしたらいいのですが、自分で決めたならば、せいぜい芸能人が離婚の理由としてあげる「性格の不一致」「生活のすれ違い」くらいしかいえません。

結婚に失敗しないためにどうしたらいいでしょうか?

神に祈って、神と相談し、神の導きを受けることです。

神は、ちょうど車についているナビゲーションシステムと似ています。ナビゲーションは、決して私たちの運転に口出しをしたり、強制することはありません。淡々黙々と、「30m先を左折してください」「高速道路に乗って下さい」などと誘導してくれます。

かつて私は、恋愛を通して大きな痛みを経験したことがあります。今思うと、結婚する前に別れることになってよかったと思います。

私はいつも神様に結婚のために導きを祈っていました。だから、「この相手はやめた方がいい」と導いて下さり、妻との出会いと結婚へと導いて下さったと思います。

神の導きは完璧です。完璧というのは、すぐその場ではわからないこともあります。しかし、後で振り返ってみると、神の導きはこれ以上ない最善だった!と痛感します。

すでに結婚をしている人は、幸せな家庭が築けるように祈って下さい。

これから結婚する人は、「神様、あなたが私のために用意して下さっている人に出会わせて下さり、結婚に導いて下さい」と祈って下さい。

良い結婚の秘訣は、これに限ります。

祈っていると、神は色々な導きを与えて下さいます。例えば、お見合いクラブに入会したり、合コンや同窓会が用いられることもあります。また、幼馴染や職場でとなりのデスクに座っている人との結婚もあり得るでしょう。

聖書は、「絶えず祈りなさい」(テサロニケ人への手紙第一5章17節)と語ります。

いつも無意識でも呼吸を続けているように、無意識でも祈るように、いつも「神様」と呼びかけ、交わり、祈っていきましょう。

結婚ほど人生において大きなかけはありません。どんなに愛し合って結婚をしても、一生うまくいくかどうかは誰にもわかりませんし、誰も保証はできません。だからこそ、神に聴き、神に導いて頂くのが一番です。

結婚生活が祝福され、良い結婚ができますようにお祈りしています。

(結婚関係で問題を抱えている人がいましたら、相談を受け付けています。お気軽にどうぞ)



【動画メッセージ】
「つらい経験」
https://youtu.be/wwM1hwC-yNM



【越谷駅 路傍伝道(前半)】
https://youtu.be/ciPlC3gANUo


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※牧師になって、既存の教会に赴任するという選択肢もありました。4箇所の教会から招聘(offer)を受けました。しかし、それらの教会で担任牧師を引き受けないで、あえてゼロから教会をスタートする開拓伝道の道を選びました。理由は神の導きが開拓だったからです。
私たちは人間として自分の頭で考えることができる能力が与えられていますので、何でも神の導きとするのではなく、しっかり自分の頭で考えることが大切です。神は祈り、考えるというプロセスを通して導いてくださるからです。今わかることは、神は私をある特定の枠に縛らないで、ご自分の働きをさせたかったので、伝統に縛られず、自由に伝道ができる道へ導かれたのだと思います。さらに、私が気づいていない完全な計画があると信じます。
私たちは、神の導きを受けるのが最高ですし、それ以外の道を選ぶことは得策ではありません。では、どうやったら神の導きを受けられるのでしょうか? イエス様を信じ、祈り、聖書を読むことです。乱暴な言い方かもしれませんが、そうしたらわかります。新しく生まれ変わり、神と共に歩む人の心の目、心の耳は開かれ、必ずわかるものです。ある特別に神がかった人にだけわかるのではありません。また、神との仲介者が必要なのではありません。イエス・キリストが神と私の仲介者です。そして、お告げを聞くために預言者のような人のところに行って神の声を聞く必要もありません。イエス様を信じた人は神の子です。神の孫でも、神のひ孫でもありません。「パパ」と呼べる関係に入っているのです。今日も、この方と共に歩んでいきましょう。素敵な1日でありますように。

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大久保駅 路傍伝道

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月11日(日)22時20分21秒
  「マイナスがプラスに変わる」
4月11日(日)19時~21時【第2日曜日定例】『大久保駅前 路傍伝道』

大久保駅の路傍伝道は、他の路傍伝道と曜日と時間帯が違います。まずは日曜日であること。そして、時間帯が夜遅いです。日曜日に教会で礼拝をささげた後に来るには少し時間が遅いので、「一度家に帰ってからもう一度来るのは大変だ」という声を聞くこともありますが、同時に、「この時間帯なので参加しやすくてありがたい」と言われる方々もいます。路傍伝道は、土曜日は日曜日の礼拝前のため支障が出ないように土曜日の活動はしないようにしていますし、日曜日は礼拝で疲れているため活動をしていませんでしたが、参加者の要望があったことから第2日曜日定例で大久保駅伝道をしています。最近新しく、週の半ばの14時~17時くらいの時間帯での活動を増やしました。主婦の方々の参加を期待してのことですが、意外に主婦の方々の参加はないので、結局は、確実に参加する世話人の都合で予定を決めるしかないと思います。
大久保駅は、20時くらいまでは多くの人が歩いていますが、21時に近づくと歩いている人が減りますし、酔っ払っている人が多いです。2度目の緊急事態宣言が解除されましたが、明日から、「まんぼう(まん延防止等重点措置)」が出されます。人々のコロナ疲れが出て来ているように感じます。ダイレクトに救い主イエス様を伝え続けていきたいと思います。
外国人の若者たちが伝道に興味を示し、応答してくださいました。また、路上生活者の方々も話を聞いてくださいました。生活が安定していて、心が満たされている方々よりも、外国生活で不満を抱えていたり、家がなくて苦しい生活をしている方々が真っ先に反応してくださいます。イエス様は、「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて、悔い改めさせるために来たのです」(ルカ5:31~32)と語られました。マイナスがプラスに変わる瞬間だと思います。

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4月11日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月11日(日)08時59分11秒
  ?〈4/11(日)本日の一言メッセージ〉
「本当の自分になって生きる」

ブログやSNSで文章を書くようになってもうだいぶ時が経ちました。時々、「よく毎日書けますね。すごいですね」などといって頂きます。

その原動力は、新しく生まれ変わったことにあります。

私の両親はクリスチャンでしたので、キリスト教信仰とは切っても切り離せない環境に生まれ育ちました。

物心つく年頃になると、反発するようになりましたが、人生に挫折した時に、イエス・キリストに出会って救いを受けました。

「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」(コリント人への手紙第二5章17節) 。

クリスチャンになると「新しく生まれ変わる」と言われます。生まれつきの古い性質に死んで、全く新しい人として誕生します。

しかし、新生とは、全然別人に変わってしまうのではなく、「本来の自分になる」「本来の姿に回復へのプロセスを辿っている」と言ったらわかりやすいと思います。

かつての私は、自分の持って生まれた性格が欠点として現れることがありました。勉強嫌いでしたし、喧嘩早く、気が短かったです。しかしそれが、勉強好きに変わり、博士号を取得するまで勉強を続けました。

かつては、自分に敵対する存在を徹底的に叩きのめしましたが、今は、「罪を憎んで人を憎まず」をモットーとし、人の背後で働く悪魔と霊的な戦いをするようになりました。

気が短い部分は、行動力や積極性などに現れるようになりました。

人の長所と短所は、紙の裏表のようにその時々に応じて現れます。

男女が恋愛をすると、だいたい反対のタイプに惹かれるものです。

明るく、感情豊かで、太陽のような女性と、知的でクールで穏やかな男性が結婚をしました。

明るく、感情豊かで、太陽のような女性は、裏を返せば、我がままで、感情によって左右されますので、機嫌が悪くなると大変です。

知的でクールで穏やかな男性は、裏を返せば、感情よりも意思を重んじ、相手の痛みをあまり感じず、優柔不断な性格でした。

このカップルは、互いに相手を非難し、相手を変えようと努力し、深く傷つき合いました。

離婚の危機を迎えた時に、教会に来てイエス様を信じ、救われました。しばらくして、幸せな家庭を築きはじめました。

今まで短所として現れていた部分が、長所として現れ、感情豊かで優しい奥さんと柔軟性のあり感情に左右されないで家庭を引っ張っていく旦那となりました。

イエス様を信じると、本当の自分に近づいていきます。

元々人は神によって造られた被造物です。しかし、悪魔に従い、罪を犯したことによって壊滅的な故障をしてしまいました。

イエス様は、その私たちを新しく造り直すために、死んで復活されました。

イエス様を信じるならば、もう一度神の手によって新しい人に生まれ変わり、本来の自分に復活することができます。

あなたの個性が生かされ、短所と思っていたことが長所として現れるようになり、神の作品として輝くようになります。

それが、私の原動力となっています。

そんな素晴らしい人生を一緒に歩んでいきませんか。



【動画メッセージ】
「なぜできないか、どうしたらできるか?」
https://youtu.be/U7ClnYAPol0



【中野駅 路傍伝道(後半)】
https://youtu.be/p9sugkbqbh4



??「路傍伝道ネットワーク」の「クラウド・ファンディング」は、昨晩23時59分に終了しました。皆さんのお祈りと多大なるご支援をありがとうございました。


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※「歳をとることには意味がある」「長い信仰生活には意味がある」と感じるようになりました。人生を生きること。信仰生活を続けることは、時につらいことであり、投げ出したくなってしまうことがあるものだからです。その幾度の戦いを制して、生き続け、信じ続けていると言うことは、勝利者であると言うことができるからです。「言うは易く行うは難し」と言われますが、実際にやっていないと、やるのは簡単なように見えるものですが、実際にやることは大違いです。しかし、一気にあれもこれもやろうとしても、それは重荷となり、投げ出したくなることがあるものです。この日の今だけに集中し、ひと時に一つずつ行っていくことです。聖書は、「だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります」(マタイの福音書6章34節)と語ります。今日も1日、与えられた使命を生き、やるべきことを一つひとつ行っていきましょう。素敵な1日でありますように。

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4月10日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月10日(土)12時38分3秒
  ?〈4/10(土)本日の一言メッセージ〉
「愛されている実感と確信」

「レ・ミゼラブル」を書いたフランスの詩人であり、小説家である「ヴィクトール=マリー・ユゴー(Victor-Marie Hugo)」は、『人生 最上の幸福は 自分自身の いかんにかかわらず 愛されているという 確信である』と言いました。

人が最上の幸福感を感じる時は、「愛されている」という実感がある時です。私たちは、この「愛されている」という実感が必要な存在です。

人は、生まれてから3歳くらいまで、親からの無条件の愛を受けるものです。無条件の愛が必要だからこそ、赤ちゃんはかわいらしくあるのではないかと思います。

しかし、3歳を過ぎたくらいから、無条件の愛は条件付の愛に移行し、教育がはじまります。教育が教育となるためには、3歳くらいまで無条件の愛を受けた土台が必要です。教育とは、「そのままではダメですよ」というメッセージだからです。

多くの若者が、適切な教育を受けなかったことによって、わがままになり、人の話が聞けず、社会に適応できなくてニートや精神病や引きこもりになってしまっています。

親御さんから相談を受けて話を聞いていますと、非常に優しい方々なのでびっくりすることがあります。もしかしたら、わがままな姿に対して教育をしないで、「いいよ、いいよ」と言って、言われるままに物を買って上げたりしたのかも知れません。あるいは、反対に、無条件の愛を十分に注げなくて、教育が教育として受け止められなかったのかも知れません。

もし無条件の愛を受けそこなったとしたら、今からもう一度受けることは限りなく不可能に近いです。

人は、無条件の愛を恋愛や結婚をしますが、そこに無条件の愛はありません。相手も無条件の愛を求めている人だからです。

お金を出したら無条件の愛を手に入れることが可能でしょうか? お金のあるうちは、多くの人が近づき、無条件の愛があると感じるかも知れませんが、「金の切れ目が縁の切れ目」です。

権力を持ったら無条件の愛を受けられるでしょうか? 権力があるうちは、たくさんのゴマをすり、近づいてきます。しかし、何らかのことで権力を失ったら、蜘蛛の子散らすように人々は去っていくものです。

無条件の愛は、絶対に必要なものなのに、一体どこに行ったら受けられるのでしょうか?

たった一つだけ無条件の愛を受ける方法があります。イエス・キリストの十字架を通して与えられる神の愛です。神の愛は、今、この瞬間も、あなたが信じるなら与えられる愛です。3歳までに受けそこなった無条件の親の愛をはるかに超えるものです。

だから神にあっては、人生をどこからでもやり直すことが出来るのです。

私は、18歳の時に神を信じてクリスチャンになりました。それから、たくさんの紆余曲折がありましたが、一つだけ失わなかったものがあります。神から愛されている実感です。図々しいくらいに、「神は私を愛してくださっている!」と感じています。

愛されている実感は、どんな状況にあっても、どんな試練が押し寄せたとしても、喜びと平安と幸福感を失うことがありません。

あなたは、親の無条件の愛を受けられなかったかも知れません。何らかの事情で、親の愛を知らない人もいるかも知れません。神は、孤児の父です。「たとい親があなたを捨てたとしても、私はあなたを捨てない方」です。

神は、キリストの十字架を通してあなたを無条件の完全な愛で愛しておられます。この事実を信じてください。無条件の愛こそ、あなたに絶対不可欠な人生の土台なのです。この愛があれば、どんな教育も素直に受けられますし、どんな逆境をも乗り越えていく力となります。

無条件の愛とは、あなたの現在の行い、あなたの過去に左右されない愛です。

神の無条件の愛を受けるために、神の御前に進み出て下さい。キリストは、『すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます』とあなたを招いています。

無条件の愛はそこにあります。悲しみは喜びに変えられ、傷はいやされ、どんな時にも大丈夫という平安が心を満たします。祝福を祈ります。



【動画メッセージ】
「偽りの自尊心と本物の自尊心」
https://youtu.be/ss3_6DGQuDs



【中野駅 路傍伝道(中盤)】
https://youtu.be/1ZQ2KS_wj9Q


??「路傍伝道ネットワーク」の「クラウド・ファンディング」は、いよいよ今日一杯で終わります。お祈りとご協力をよろしくお願いします。
https://karashi-dane.com/2020/02/28/pj12/



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※一昔前は、「車の寿命はは10年・100000キロ」と言われた時代がありますが、今の車の寿命はその何倍にも伸びています。私の車は20年選手ですが、とても調子がいいです。ただ、性能は今の車と比べたら大きく劣ります。車はこの20年で大きな進化を遂げました。先日、長男が車の免許を取得したので、練習のために家族で出かけました。「パパのエルグランドは大き過ぎて運転できそうもない」と言うので、日産のノートe-POWERをある方の協力で法人価格で借りれました。フルセット24時間で5500円、助かりました。奥多摩、福生、横浜まで1日走りに走ってガソリン代は何と1800円で済みました。私のエルグランドの燃費で単純計算をすると、11250円かかったことになりますので、レンタカー代を入れても家族の1回の食事代が浮いてしまったことになります。しかも、ノートe-POWERは高性能でとても気持ちいいドライブができました。電気の力で加速は快感を感じるくらいです。Bモードを使うとアクセル1つだけでほとんどの場所を走れてしまいます。素晴らしい技術力に感心しました。車の技術のや性能の進化は目を見張るものがあります。それでは、人間はどうでしょうか。昔の人間に比べて現代の人間は進化したでしょうか。聖書を見る限りにおいては、人間は、昔も今もあまり変わっていません。最初の人アダムとエバは完全な人として造られましたが、罪を犯した瞬間から、劣化し、壊滅的に壊れてしまいました。最も顕著な顕れは人が死ぬようになったことです。神はその人間を救うために、2021年前に一人子イエス・キリスト様をこの地上に遣わされ、十字架、葬り、復活を通して、破壊し、死ぬべき人間を救い、人間性を回復させる道を与えられました。「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です」(エペソ人への手紙2章8節)と聖書は語ります。車が壊れたら買い換えればそれで済みますが、人生は1回限りです。イエス・キリストを通して救われることは唯一絶対に必要なことです。神がくださった救いを受け入れ、永遠の命を得るだけではなく、人間性を回復させてもらいながら今日も生きていきましょう。車に車検があるのように、明日は日曜日です。日曜日は教会に行って神様を礼拝しましょう。ステージ4の緊急事態宣言は解除されましたが、ステージ2~3のまん延防止等重点措置が出される可能性が高く、まだ日曜日の礼拝参加を見合わせている方々もいらっしゃいます。難しい判断が迫られることがありますが、神様との関係を第一にしながら生きていきましょう。素敵な週末をお過ごしください。

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越谷駅路傍伝道

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月10日(土)02時33分16秒
  「霊の耳で聴き、霊の目で見ながら伝道をする」
4月9日(金)17時~19時【埼玉シリーズ】『越谷駅前 路傍伝道』

今日の越谷駅路傍伝道は、「大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた」(使徒の働き28:31)というような伝道でした。音楽と演説とマンガ聖書配布と個人伝道を通して、主イエス・キリストを大胆に伝えました。1人の男性は、賛美歌を聴きながら涙を流していました。声をかけると、救いまではあと1歩ですが、「祝福と希望が与えられるように祈ってほしい」とお願いされました。約2000年前に、主が使徒パウロに語られた言葉を思い起こしました。「ある夜、主は幻によってパウロに、『恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。この町には、わたしの民がたくさんいるから』と言われた」(使徒の働く18:9~10)。主は、「越谷の町にも、わたしの民がたくさんいるから」と言っておられるように感じました。信仰を持って伝道をするならば、「あなたがたは、『刈り入れ時が来るまでに、まだ四か月ある』と言ってはいませんか。さあ、わたしの言うことを聞きなさい。目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています」(ヨハネ4:35)と言われた姿が見えるようです。別の町で伝道をすると、全く違った反応が返ってくることがありますし、いろいろな反応がありますが、肉眼で見るところに囚われるのではなく、霊の耳で聴き、霊の目で見ながら伝道をすることの大切さを教えられました。その時に、空を打つ拳闘をせず、人々に福音を語り、救いの働きに仕えることができるのではないかと感じます。多くの人に福音を伝えることができました。

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4月9日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月 9日(金)09時55分21秒
  ?〈4/9(金)本日の一言メッセージ〉
「Toxic Charityとメシアニック・シンドローム」

私が所属する新宿大久保通り教会防災ネットワークの中で、ある日一人の会員の方が、ボランティア活動をする上で大切な次のようなお話をしてくださいました。

題は「Toxic Charity」。

「Toxic Charity」とは「奉仕中毒」の事で、「奉仕、ボランティアが、相手に役に立ってないばかりか、害を与えたり、自己満足に終わってしまうことがあり得る」という内容でした。

質疑応答の時間に、私は「メシアニック・シンドローム」について分かち合いました。

「メシアニック・シンドローム」とは、自分が救い主となり、相手を救ってあげることにより、自己満足感と自分の存在意義を得る症候群です。

牧師は、この「メシアニック・シンドローム」にかかりやすいのではないかと思います。

牧師の側からすると、自分を頼ってくる相談者はかわいいものです。ここで、共依存関係が成立し、お互いにそこから抜けられず、不幸な結果に終わることがあるものです。

私が20年牧師の働きをする中で、かわいがって、親身になって助けた人の中に、手のひらを返して離れていった人がいます。

無我夢中で困った人を助け、励まし、慰めました。その相手は、牧師である私を、まるで救い主であるかのように頼るようになり、しかし実際は、救い主ではないので、がっかりしたのでしょう、離れて行ったのだと思います。

牧師同士でこの話をすると、みんなが頷きます。何度もそういう経験をしているのでしょう。

今は、coolな牧師になっています。

「助けて下さい!」と懇願されたら、手を差し伸べますが、「神様があなたを愛していますよ。神様があなたにどう思っているかを知って下さい」と伝えて、神様と一対一で向き合ってもらいます。

不思議です。牧師を含め、人に頼るようになった人は、そのうち飽きて、他の教会に移って行くか、教会を離れますが、神に頼るようになった人は、教会を大切にし、しっかり信仰を持ち続けています。

私は祈りの会が好きです。祈祷会は人に頼るのではなく、神に頼り、神に祈って助けを得る会だからです。

教会に人間的なプログラムや助けを求めるのではなく、イエス様の愛と救いを求めて下さい。

人に頼るとがっかりしますよ。しかし、神に頼るなら、決して裏切られることがないばかりか、助けを得、喜びに溢れることができます。

今日、苦しんでいる人、困っている人、人に裏切られて傷つき赦せない人がいたら、神に祈って下さい。神はあなたを愛しています。神はあなたをいやし、助けて下さいます。



【動画メッセージ】
「ゴスペルとは?」
https://youtu.be/iaRMoGHfesE



【中野駅 路傍伝道(前半)】
https://youtu.be/uRyDr-fXUaQ



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※「幸せは自分の心が決めること」ですね。他人があなたをどう思おうと、自分が「幸せ」と感じられることが大切です。人も羨む環境にありながら、苦しくて思い悩んでいる人はいくらでもいますし、「あの人かわいそう」と見られていても、本人は幸せで一杯と言う場合があります。究極の話をしますと、イエス様と共に歩む人生は、どんな状況にあっても幸せなのです。しかし、多くのクリスチャンは、それを頭では理解していても、実体験できていないのが実情です。それをつなぐのが、毎朝のデボーション(quiet time)だと思います。祈りとみことばによって1日をスタートし、イエス様をあなたの人生に迎え入れ、イエス様が主として治めてくださり、イエス様がすべてとなるまでに満たされて歩みたいものです。言葉を変えて言うならば、聖霊に満たされた状態です。「また、酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。御霊に満たされなさい」(エペソ人への手紙5章18節)。御霊と比較されているのが酒です。気持ちよさの点でにているからでしょう。しかし、次元が違います。「酒を避けよ」とまでは言わなくても、酒に限らず、イエス様以外のもので心を満たすことがないように、あなた自身を管理し、見張ってください。素敵な1日でありますように。

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4月8日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月 8日(木)07時25分5秒
  ? 〈4/8(木)本日の一言メッセージ〉
「仕事を愉しむ秘訣」

あなたは、自分の仕事が好きですか?

その仕事に誇りを持っているでしょうか?

もし、仕事が嫌いだとしたら、毎日拷問を受けているようなものです。

「仕事に行きたくない!」と思うと、朝起きるのがつらくなり、一日を乗り切るだけで精一杯になります。

そこで、気を紛らわして他のことを考えるようになります。

「今日の仕事が終わったら~に遊びに行こう!」「週末は~に出かけよう!」「給料が入ったら、贅沢をしよう!」と。

他のことを考えながら仕事をしていてもいいことはありません。上の空の状態では、些細なミスを繰り返し、ある日、とんでもない失敗をしてしまうこともあります。

上司に叱られて、ますます仕事が嫌いになります。

どうしても仕事が好きになれないとしたら、転職することも一つの方法です。

ただ、家族を養っていかなければならなかったり、ローンが残っていたりで、簡単に転職できるような環境にないかも知れません。

最善の方法は、仕事を好きになり、職場での人間関係を含めて、仕事を丸ごと愛することです。

どうしたらそんなことができるでしょうか。

今あなたがいる場所から神に叫び求めて、あなたのただ中に神様を迎えることです。

神様に祈りながら、神様と共に仕事をすることです。

あなたは、恋をしたことがあるでしょうか?

恋人と共にいる時間は、何をしていても、どこにいても、最高の時間になります。

神に祈り、神と共に仕事をするとしたら、退屈で、めんどくさいあの仕事が、楽しくなります。重労働で、ストレスに満ちたあの仕事が、感謝と喜びに溢れるようになります。

私は、神に祈り、神と共に歩むことで、どんな状況の中にあっても幸せを感じますし、どんな仕事も喜びと感謝に溢れるようになりました。

私に今与えられている仕事は牧師です。牧師という働きを感謝しています。そして、最高に楽しみ愉しんでいます。

この先、仮に転職するようなことがあったとしても、神と共に仕事をする限り、私の幸せと感謝と喜びは誰にも奪われないと信じます。

「私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません」(ローマ8:35~39)。

お互いに仕事を愉しんでいきましょう。



【動画メッセージ】
「自分がやりたい事より、神がやらせたい事を」
https://youtu.be/z4iNNPyW1NQ



【川口駅 路傍伝道(後半)】
https://youtu.be/p7IlUoXO4LI (短い動画)
https://youtu.be/8Xvf6RwNi1U (左側)
https://youtu.be/8_2u4aV0_N4 (右側)



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※朝起きて、嬉しくてたまらない気持ちになれる人は幸せだと思います。子どもの頃、そのようではなかったでしょうか? しかし、学校が嫌いになり、「学校に行きたくない」と思うようになった瞬間から、朝になっても布団から出たくなくなり、「学校に行きたくない」という気持ちが体の具合を悪くしてしまうこともあります。私が子どもの頃は、そういう症状を「学校嫌い病」と名前が付いていました。「怠け者」を言い換えたようなものです。しかし、「学校に行きたくない」という気持ちには必ず理由があります。その理由を掘り下げて、乗り越えて解決していかないと、「仕事嫌い病」「人生嫌い病」に発達発展していってしまいます。他人はなかなかその苦しみを理解してくれないので、心を閉し、1人で抱えていくか、現実逃避するようになってしまいますが、イエス様と一緒ならばそれを必ず乗り越えていけます。イエス様をあなたの心の中心に、人生に迎えて、共に歩んでください。「わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです」(マタイの福音書11章30節)と聖書は語ります。イエス様と共に歩めば、次第に問題が問題でなくなっていきます。そして、気持ちの良い朝を迎えられるようになっていくはずです。「夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある」(詩篇30篇5節)。素敵な1日でありますように。

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4月7日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月 7日(水)09時04分46秒
  ?〈4/7(水)本日の一言メッセージ〉
「人を必要以上に気にしなくても良い」

人のことは必要以上に気にしなくて良いことがわかってからは、生きることが楽になりました。

なぜならば、人は自分のことにしか興味がないものだからです。

「あれこれ」言う人がいても、それは、自分のことを棚に上げて憂さ晴らしをしていたり、妬みの気持ちから攻撃しているなどの理由です。

不満を抱く人がいても、その人に関心を示し、その人を評価したり、ほめてあげたら、すぐに笑顔に変わります。

人からどう思われるかを気にして生きたら息苦しくなります。

人に誠実な関心を寄せ、人を愛するという意味において気にすることは大切です。

あなたが、相手からどう思われるかを気にしていたら、相手も、あなたからどう見られるかを気にするものです。お互いに相手の腹を探り合うのではなく、相手を大切に思い、相手に関心を持ち、愛していきましょう。

そうしたら恐れ、委縮、息苦しさは消え、心は喜びに溢れ、のびのびとし、幸せになります。



【動画メッセージ】
「自分ではなく、考え方を変えよう」
https://youtu.be/qwY9EA4khLE



【川口駅 路傍伝道(前半)】
https://youtu.be/UFMCU1R0_YY (左側)
https://youtu.be/9V6utQITr9k (右側)



?「路傍伝道ネットワーク」の「クラウド・ファンディング」は【あと3日】で終わります。引き続き、お祈りをよろしくお願いします。
https://karashi-dane.com/2020/02/28/pj12/



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※私の毎日の日課は、聖書を読み、祈ること、運動することです。時には、機械的にやってしまうこともありますが、それでも力になります。とにかく良き習慣を続けることが大切です。その上で、心込めて、楽しみながらできたら最高です。
今日は、15時から中野駅で路傍伝道をします。17時から活動することが多いですが、時間を変えることで、参加しやすくなる人もいるでしょうし、違う人に会えます。路傍伝道の第一の目的はケリグマ(κήρυγμα)です。福音を知らせることです。人々が救われ、教会につながることは二の次、三の次です。それを知らない人は、「先生、路傍伝道をして何人が救われましたか? 教会につながりましたか?」と聞いて来られる場合があります。もちろん、実を結び、収穫することはとても大切なことです。しかし、「蒔かぬ種は生えぬ」です。クリスチャンが福音の種まきのために一つになることが大切です。その上で、機械的に伝道をしても良いですが、聖霊に満たされて、キリストから受けた愛を込めて伝道したいものです。
人生においてプライオリティ(優先順位)の高いことを習慣にすることがあなたの人生を祝福します。神との関係こそが大切です。人生の目的は、神の栄光を現わすことです。その結果、人は幸せになります。良き習慣を持ち、継続し、心込めてそれを行っていきたいですね。その良い習慣が人生をつくるのです。
素敵な一日でありますように。

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4月6日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月 6日(火)09時58分22秒
  ? 〈4/6(火)本日の一言メッセージ〉
「3つのSに生きる」

救世軍の教会で奉仕をしたことがあります。

救世軍は、キリスト教の一派です。救世軍の方々と長年関わってきましたが、付き合いが長くなればなる程、印象が変わってきました。

第一印象は、軍隊のようで恐いイメージでした。

しかし、人と争うこともありませんし、政治運動に関わることもありません。祈りを通して悪魔との戦いはしても、人間関係においては至って平和的です。

また実際的です。人助けをしながら、人々の生活の中に入っていって伝道をします。

救世軍の少佐(牧師)から「Salvation Army(救世軍)の3つのS」について聞きました。

①Soup ②Soap ③Salvationです。

キリスト教の伝道をする前に、まずお腹がすいた人にスープ、つまり、食べ物を与えます。

次に、清潔を保つためのソープ、つまり、生活必需品を与えます。

最後に、イエス様の救いを伝えるのだそうです。

聖書には、「もし、兄弟また姉妹のだれかが、着る物がなく、また、毎日の食べ物にもこと欠いているようなときに、あなたがたのうちだれかが、その人たちに、『安心して行きなさい。暖かになり、十分に食べなさい』。と言っても、もしからだに必要な物を与えないなら、何の役に立つでしょう」(ヤコブの手紙2章15節~16節)と書かれています。

最初からキリストを求めている人は極わずかです。むしろ、現実の必要が満たされたり、問題を解決してほしいと願っている方がほとんどです。

救世軍は、炊き出しをして、貧しい人に食べ物を与え、生活必需品を与えて助けます。そのような社会への奉仕をするので、行政との関わりも深いようです。

役所に行くと、制服を見ただけで、「救世軍の人が来られた」とすぐにわかってもらえるそうです。

しかし、担当者が変わるたびに、「その制服の『S』のマークは何ですか?」と聞かれるそうです。

「3つのS」について話をするそうです。「なるほど、そうなんですね」と納得されるのだそうです。

「3つのS」は、誰もが生活で適用できることだと思います。

③のSalvationを本当に伝えたい核心部分だとしたら、①と②は、まったくのサービスであり、ボランティアです。

これは、キリストの教えです。

「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」(マタイによる福音書7章12節)。

あるお店に買い物に行った時のことです。そのお店の商品とは関係ないのに、その店員さんは私の話を親身になって聞いてくれました。いろいろ調べてくれて、具体的なアドバイスをしてくれました。問題が解決しました。

その日は買い物をしないで店を後にしましたが、その後、ことある毎にそのお店に買い物に行っています。「ありがたいなー」と思い、その店のファンになりました。

私はそのことを自分の仕事でも適用することを心がけています。

私のところに、数多くの人が相談に来られます。時間を割き、できるだけ親身に相談に乗ることにしています。しかし、そのほとんどの人は教会員になるわけではありません。ただ助けたい一心でその人に仕えます。

私は数多くのキリスト教の教団教派を超えた活動に関わっていますが、その多くは手弁当であり、まったくのボランティアです。時々、「お人良しだな」と感じることもあります。一銭も得にならないですし、教会員が増えるわけでもありません。地域のボランティア活動も同じです。

私にとって、これらの活動は①Soup ②Soapの活動です。③につながったら幸いですが、①Soup ②Soapで終わっても良いと考えています。

それは、イエス様への奉仕だからです。

「わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである」(マタイの福音書25章40節)。

私は、ものごとを合理的に考えたり、損得勘定を乗り越えて、目の前にいる人の必要に答えたいと思います。

そうすると、不思議です。心が温かくなり、喜びが満ち溢れます。

キリストの愛を、口で伝えられなくても、身を持って伝えられた喜びがあります。

もし、互いにそのように仕え合えたら、温かい家庭、温かい社会を作っていくことができると思います。

今日出会う人に、①Soup ②Soapの活動をしていきませんか。

私が、毎日インターネットを通して聖書を伝えるのも、①Soup ②Soap活動と考えています。

たった一人の人でも、苦しみから解放され、希望を見出し、キリストに出会ってくれたとしたら本望だと思っています。



【動画メッセージ】
「思い煩いは重い患い」
https://youtu.be/2mPBz6wKJeo



【新宿福興教会 オンラインイースター礼拝】
https://youtu.be/S_YPnSyca4o (夕礼拝)



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※新型コロナウイルスで中止・延期になっていたイベントが今年は行えそうだと、あちらこちらから「よろしくお願いします」と連絡が入っています。
2020年はコロナでほとんどのイベントが中止・延期になったことで、物事の優先順位を見直しました。身近な人たちとの関わりと伝道活動に重きを置いて過ごして来ました。そんな中、2019年以前に行っていた活動を入れる隙間がなくて、「どうしたら良いか?」と祈り、考えながら調整をしています。物事の優先順位に従って時間を使っていくとしたら、大半の活動が再開されても行えなくなってしまいます。そんな時、一つひとつ神に祈り、聴き、導きを受けることにしています。
一つひとつ神に祈り、聴き、導きを受けることはあなたの人生にも適応できるはずです。聖書は、「すべてのことが私には許されたことです。しかし、すべてが益になるわけではありません。私にはすべてのことが許されています。しかし、私はどんなことにも支配されはしません」(コリント人への手紙第一6章12節)と語ります。だからこそ、神に導かれることが大切なのです。
今日も、神と共に素敵な1日をお過ごしください。

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川口駅路傍伝道

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月 5日(月)23時03分5秒
  「一人ひとりの献身による伝道を主が喜んでおられる」
4月5日(月)17時~19時【第1月曜日定例】『川口駅西口2階デッキ 路傍伝道』

雨が降ったり、強風が吹いたり、春らしい不安定な天気の1日でした。伝道が始まると雨が止みました。約20名が参加してくださり、力を合わせて伝道をしました。地元の参加者が大半ですが、フィリピン人の方々、韓国人の方などの参加も感謝ですし、栃木県から毎月参加してくださる方もいます。また、新潟県から路傍伝道に参加するのを楽しみに来てくださった方もいらっしゃいました。一人ひとりの献身の思いを主が知っておられ、喜んでおられ、用いてくださっていると思います。賛美をしてくださる方々が多く、また、タンバリンダンスをしてくださった方々もいらっしゃいました。あっという間の2時間でした。多くの方々に伝道をすることができました。

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4月5日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月 5日(月)08時48分17秒
  ★ 〈4/5(月)本日の一言メッセージ〉
「新薬(新約)と旧薬(旧約)」

私は毎日、新約(聖書)と旧約(聖書)を心で飲み、食べます。

それが心を元気にします。

薬の使用期限が切れた旧薬はダメですが、旧約聖書は、古くても効能は変わらないし、まったく問題はありません。

新約と旧約を皆さんにオススメしたいと思います。

この薬は、心のツラさを直してくれます。そして、正しい人生の道を歩めるように導いて下さいます。

「イエスは、十二人を呼び集めて、彼らに、すべての悪霊を追い出し、病気を直すための、力と権威とをお授けになった」(ルカ9章1節)。

「私は知恵の道をあなたに教え、正しい道筋にあなたを導いた」(箴言4章11節)。

体は健康でも、人は罪によって心が病んでいます。新約と旧約が必要です。

新種のコロナウイルス感染に気をつけて下さい。体調を崩されている方はお大事にして下さい。

新約と旧約を読み、飲み、食べて心に力をつけて下さい。心が強くなると、それに連動して體も強くなり、素晴らしい1日になるに違いありません。



【動畫メッセージ】
「小さな幸せに敏感でいたい」
https://youtu.be/BKf8UKl0kAc



【新宿福興教會 オンラインイースター禮拝】
https://youtu.be/MzO_Q01VHSA (朝禮拝)



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※神は、パッと咲いてパッと散っていくような桜の花をあのようにきれいに咲かせてくださり、目を楽しませ、卒業と入學、入社などの新しい門出を愛でていてくださるように感じます。そんな細かいことまでも配慮して、気を配ってくださっている神様を信じて、人に期待するのではなく神様を頼り、目先のことに囚われないで、神様に信頼しきって歩んでいきましょう。新年度を迎え、あなたの新しい歩みに祝福がありますようにお祈りをいたします。

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4月4日 本日の一言メッセージ

 投稿者:菅野直基メール  投稿日:2021年 4月 4日(日)08時18分54秒
  ?〈4/4(日)本日の一言メッセージ〉
「キリストの復活を信じられない理由と解決策」

今日の日曜日は、キリストの復活を記念するイースターです。イースターおめでとうございます。

聖書は、「イエス・キリスト」とキリストの道備えをした「バプテスマのヨハネ」を対比して語ります。

キリストは、「言葉(ロゴス)」であると書かれています。ヨハネは、それに対して「声」であると語られています。

声は発せられたら、直ちに人目をひきますが、やがて消えてなくなります。しかし、言葉はいつまでも残ります。

キリストを伝える伝道者、牧師、信徒は、キリストを伝え、キリストを指し示したら消えて、そこにキリストが残るようにしたいものです。

良い説教、良い文章を目指すより、キリストを感じさせ、ありのままのキリストを伝え、それを受けた人がキリストと出会ってほしいと心から願います。

教会に通うクリスチャンを含め、みなさんはキリストの復活を信じますか?

多くの人は、「復活」をおとぎ話のように感じるのではないかと思います。

一つの原因は、「進化論」にあると思います。進化論は科学的に証明されたものではなく、現段階では仮説に過ぎません。仮説は仮説としておくべきでしょう。

進化論がはっきりと存在する場所は、学校の教科書やテレビの画面の中だけです。それ以外の場所で決定的に存在する場所はありません。しかも、多くの証拠は捏造されたものだと言われています。

進化論に触れた人は、聖書の創世記をおとぎ話に感じさせてしまいます。もし創世記をおとぎ話と捉えたとしたら、キリストの復活もおとぎ話のように思ってしまうことでしょう。

聖書に書かれている、神が天地万物を創造し、人を神に似た最高傑作として造られたことは、科学的に証明されていません。なぜならば、天地が創造された6000年前に私たちは生きていなかったからです。しかし私は、聖書の天地創造を信仰によって受け入れました。

進化論によると、地球は45~46億年前に偶然に誕生したと教えます。これも科学的に証明されていません。

進化論とは、神抜きにこの世界の誕生を説明しようとした仮説であり、言葉を変えるならば、科学ではなく宗教の一つです。

それを知った上で、聖書に向き合って下さい。少なくても、聖書をおとぎ話と括ってしまう前に、同じ土俵の上に乗せて、「聖書は一体何を語るのか?」を謙虚に求道してみたいものです。

その上で信じることも、信じないことも、一つの選択であり、決断です。

「イエスは言われた。『わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか』」(ヨハネ11章25節~26節) 。

イースターとは、キリストが復活したことを記念する時です。

もし、キリストの復活がないとしたら、人は死で終わりです。しかし、キリストの復活があるなら、人は死で終わりではなく、死の向こう側に復活と永遠のいのちと天国があります。

世界の20億人以上のクリスチャンは、なぜ日曜日に教会に集まって神を礼拝するのでしょうか?

キリストが日曜日の朝、死を打つ破り、黄泉よりくだり、墓を空にしてよみがえられたことを記念するためです。

「教会にはまだ行ったことがありません」という方も、「以前は教会に行っていたこともあります」という方も、教会にいらっしゃいませんか?

メッセージをくだされば、みなさんの近くの教会を紹介致します。

また、インターネットを通してイエス様を礼拝しませんか?

「生放送」〈1〉朝10時30分~ 〈2〉夕4時30分~
新宿福興教会HP https://sgr-ch.net



【動画メッセージ】
「誠実さとは?」
https://youtu.be/1ytL13H0Mzw



【市川駅 路傍伝道(後半)】
https://youtu.be/P8aUj5jTZ30 (左後)
https://youtu.be/8rf62ycx6HI (正面)
https://youtu.be/aqYLhO2M7l4 〈左前)



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※キリスト教が他の宗教と違う点は復活にあります。復活のためには一度死を経験します。そこに、最悪の事態をあるがままで受け入れる力があります。死を恐れる必要がないからです。イエス・キリストは、わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです」(ヨハネの福音書11章25節)と語られました。その向こう側に復活があるからです。だから、キリストは、「そこで、わたしの友であるあなたがたに言います。からだを殺しても、あとはそれ以上何もできない人間たちを恐れてはいけません。恐れなければならない方を、あなたがたに教えてあげましょう。殺したあとで、ゲヘナに投げ込む権威を持っておられる方を恐れなさい。そうです。あなたがたに言います。この方を恐れなさい」(ルカの福音書12章4~5節)と語られるのです。もしキリストが共におられなければ、死は恐ろしいものであり、からだを殺す人間、つまり、様々な問題を恐れなければなりません。しかし、殺した後でゲヘナに投げ込む権威のある神を恐れたら、どんな問題も恐れるに足りません。コロナも、あらゆる危険なことを警戒する必要はあります。しかし、恐れる必要はありません。私たちと共におられるお方は、死を打ち破って復活した上で、「恐れるな。大丈夫だ!」と語られるのです。今日も、今週も、この方と共に歩んでいきましょう。素敵な1日でありますように。

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