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(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月23日(火)11時12分57秒
  「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【778】2017/5/23(火) 組織や団体との関わりに感謝」

(第21回 「新宿大久保通り教会防災ネットワーク」(SOS防災ネット)定例会
取材を受けて記事になりました。http://www.christiantoday.co.jp/articles/23806/20170523/sos-shinjukuookubodori.htm

私の性格は、もともとは一匹狼タイプだと思います。心が自由なのでいろいろな発想力豊かであり、神様と相談して「よし!」と決めたら、すぐに行動に移ります。

組織の中に居ると、根回しが必要であり、人間関係での調整にエネルギーを使う必要があります。

私は、神様が学長を勤める人生大学の学生です。神様は、学費を取ることなく、私の人生に必要な様々なことを学ばせて下さっています。

現在、20以上の団体に所属していますが、これは、神様が定めたカリキュラムとして学んでいることになります。

この授業を通して学べることは多岐に渡ります。

まず顕著なのは、「反面教師」です。

「どこに行ってもダメな奴ばかりだ!」と批判したいのではありません。

批判ではなく、自分の体験に基づいて、それを反面教師としているのです。

つまり、組織や団体の中で嫌な思いをさせられた時に、「こういう風に扱われるとこんなに悲しく、嫌な思いをさせられるのか!?」と身に染みたことをしないようにします。

そして、何より多くの事を学ばせてもらいます。

素晴らしいリーダーの姿を見て、その人の立ち振舞い、言動、行動などを通して、「私もこんなリーダーになりたい!」と思う人に出会います。

また「なるほど。こうやって人を動かし、こうやって会を運営して行くんだな!」と学ばせてもらいます。

PTA役員、消防団、育成会、町会などの地域活動を通して、地域のコミュニティーや行政との関わり方について学ばせて頂きました。

それが、地域の7つの教会が協力して行っている「新宿大久保通り教会防災ネットワーク」(SOS防災ネット)の活動の中で役立てられています。

今年4月30日(日)に「第二回防災フェスタ2017」を開催致しましたが、私たちが主催する防災啓発イベントですが、そこに、新宿区、新宿消防署、新宿消防団、新宿区社会福祉協議会が「後援」して下さり、全面的に協力して下さいました。

関東を中心に、有事に備えて「教会防災ネットワーク」が徐々に組織されていますが、それぞれのネットワークは、教会内だけのイベントで完結しています。

もし神様が、私に地域活動という授業を受けさせて下さらなかったとしたら、私たちもまた、教会中心の活動に終始していたと思います。

事実、私が「地域とのかかわりを重視するべきだと思います」と話したら、反対する声があがりました。

私は、約15年間神学校で勉強をし学位を取得しました。これらは、本当に貴重な学びでした。

しかし、神学校で学べなかったことを、神様は、昨日も、今日も、明日も学ばせて下さっています。

人生大学の「人間関係」という授業では、激しい拒絶や痛みを経験することがあります。

そこで学ぶのはどんなことでしょう?

「義と愛」です。

いつでも、「義と愛」は矛盾するのです。

嫌な経験は、通常、正しいことを行っているので、その正しいぶんだけ人が人を傷つけるのです。

痛みを経験するからといって、そのことを止めたとしたらどうなるでしょう?

無秩序になってしまって、組織は成り立たなくなり、バラバラになってしまうでしょう。

「義と愛」という、相反する要素を一つにしたのが、イエス・キリストの十字架です。

神の義は、罪人である私たち人間を裁かなければいけません。

「かわいそうだから」と言って、犯罪を犯した人を無罪放免にしていたら、世の中を悪が支配し、無法地帯となってしまいます。

しかし、神の愛は、罪人である私たち人間を赦したいのです。

神の義と神の愛が一つになるために、イエス・キリストは2017年前のクリスマスにこの地に来られ、私たちの罪を身代わりに背負って十字架で死なれました。

墓に葬られ、三日目によみがって、今も生きておられます。

私が「人間関係」という授業で学んだのは、義を失うことなく、愛することです。

イエス・キリストは、死ぬことで、義と愛を一つに調和させられました。

同じように、私がキリストと共に死んで、義と愛を調和させることです。

「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。」(ガラテヤ2:20)

私は、20以上の団体や組織との関わりに感謝しています。

深く傷つき、死ぬほど悩んだこともありました。しかし、本当に和数え切れないほどの多くのことを学ばせて頂きました。

そして、振り返ってみると、どれもこれもが良い思い出であり、懐かしく、喜びであり、感謝です。

私は、神が許され、神が与えられるすべてのできごとに感謝しています。

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」(第一テサロニケ5:16~18)

今日は、一日説教準備をします。神が私に学ばせて下さった経験が、説教においてもとても役立てられています。ありがたいです。

この後も、ステキな時間をお過ごし下さい。
 

「新発見!?「嫌いな人はどこに行ってもいる法則」 =『菅野直基の法則』」

 投稿者:菅野直基  投稿日:2017年 5月23日(火)08時06分45秒
  世の中にはいろいろな法則があります。その中で、科学的かと聞かれたら微妙ですが、「嫌いな人はどこに行ってもいる法則」があると思います。仮に、「菅野直基の法則」としました。

誰にでも、少なくても2~3人は、「この人さえいなければいいのに!」と思うような、苦手なタイプがいるものです。

ある人は考えました。「そうだ。嫌な人を排除したらいいんだ!」

グループの中から、嫌な人を追い出しました。

「さあ、これからは天国のように楽しくなるはず!」と期待しました。

しかしどうでしょう。今まで「いい!」と思っていた人が、いつの間にか嫌なタイプの人に変身してしまいました。

また嫌な人を追い出しました。いつの間にか、「いい!」と思っていた人が嫌なタイプの人に変身していました。

「らっきょの皮むき」のように、追い出しても追い出しても、嫌な人がいなくなるどころか、「いい!」と思っていた人が嫌な人に変身し、気がついたら友達がいなくなってしまって、ついに追い出す必要もなくなってしまったそうです。

私は、1971年生まれなので、実際はあまりよく知りませんが、1971年から1972年にかけて活動し、「あさま山荘事件」や「山岳ベース事件」などを起した「連合赤軍」のことを思い出しました。

連合赤軍は、警察の捜査網から逃れるため、山の中に「山岳ベース」と呼ばれる山小屋を建設して潜伏している時、「総括」と称して、連合赤軍内部での「粛清」が行われました。粛清は集団リンチという形で、12名もの仲間を殺害しました。

連合赤軍の粛清は、「こいつさえいなくなれば、本当の純粋な革命団体になる!」と思って、集団リンチで殺して行ったのでしょう。しかし、そうすると、今まで「いい仲間!」だと思っていた人が、「ダメな奴!」に見えて来て、結局、12名もの仲間を殺すに至ってしまったのだと推測します。

私は、経験上、どんな組織、どんな集団、どんな共同体にも、「嫌いな人がどこに行ってもいる法則」があると思います。

その時に、「嫌いな人を排除する」のではなく、「嫌いと思う愛の無い心を排除する」ことが懸命だと思います。

もう少し掘り下げると、人を見て、「こいつ嫌な奴!」と思う時は、自分の中にある、自分の嫌いな部分を相手の中に見ているものです。

私は、牧師になってから、人間の心の深い部分に触れる機会が何度もありました。不思議に思うことは、誰かを非難したり、批判する人は、その相手と同じものを、知ってか知らずか、持っているということです。

「あいつはうるさい!おしゃべりだ!口が軽すぎる!黙れ!」と言っていた人が、違う場面になった時に、とてもおしゃべりで、ほかの人にしゃべるすきを与えないほど一人でしゃべっているのです。

「すいかの反対は?」「かいす(返す)」ですが、人に言う前に、まず、自分に向かって言った方がいいと思います。

相手の人の中に嫌な部分を見つけたとしたら、「自分の中にも同じもの、同じ性質があるかも知れない!?」と考えて、吟味してから相手に伝えても遅くありません。

つまり、自分の中に、嫌いな相手と同じもの、同じ性質を見つけ出し、その自分を否定しないで認め、受け入れたら、同じものを持っている相手に寛容になり、受け入れることができ、場合によっては、自分と似ている相手を好きになることさえあり得ます。

「自分にも同じもの、同じ性質があるのではないか!?」と吟味し、自分と向き合ってから注意したら、その言葉は謙遜であり、優しくなり、上から目線ではないので、相手の心に素直に入って行きます。

しかし、自分には落ち度がなく、「あなたは間違っている!」と上から目線での注意は、たいてい反発が帰って来ます。

聖書には、「さばいてはいけません。さばかれないためです。あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。また、なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか。兄弟に向かって、『あなたの目のちりを取らせてください』などとどうして言うのですか。見なさい。自分の目には梁があるではありませんか。偽善者よ。まず自分の目から梁を取りのけなさい。そうすれば、はっきり見えて、兄弟の目からも、ちりを取り除くことができます。」(マタイ7:1~5)と書かれています。

「嫌いな人がどこに行ってもいる法則」はあります。

「嫌いな人を排除する」のではなく、「嫌いな人を排除しようとする自分の心の問題」を解決しましょう。

自分の中にある、相手の嫌いな部分と同じものや性質を認め、罪であるならば、神に悔い改め、きよめて頂き、その後に相手を見たら、嫌いだったはずが、「嫌い!」と感じなくなったり、大好きな人に変わってしまっているかも知れません。

幸せな一日でありますように。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月22日(月)19時00分28秒
編集済
  「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【777】2017/5/22(月) 満員御礼、出会い・再会に感謝」

これから「レーナ・マリア・コンサート」がはじまります。

吐く息が白く、まだ寒い冬のある日、主催者の先生親子から電話がかかってきて、「菅野先生、ぜひレーナ・マリア・コンサートのチケットの営業を手伝って頂けませんか?」と頼まれました。

とても光栄ですが、「2500円ものチケットがそう簡単に売れるだろうか?」と心配になりました。

今年開催される、7つの大会に関わっているので、それぞれの大会の会議の席で、「レーナ・マリア・コンサートの前売り券をお買い求め下さい」と声をかけましたが、なしのつぶてでした。

ところが、友人や親しい牧師などに声をかけると、次々にチケットを買ってくれました。

コンサート開始前に、売れたチケットの代金をお渡しし、うれしい気持ちでツーショット写真を撮らせて頂きました。

満員御礼感謝致します。

また、会場では、たくさんの友人知人と再会したり、私を知っていて下さる方とはじめてお会いすることもできました。

しばし日常を忘れて、夢の世界を楽しみたいです。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月22日(月)15時16分59秒
  「Now watching284」

ハレルヤ牧師会を行っています。

牧師は孤独です。しかし、牧師会では、ざっくばらんに心を分かち合えるのでとても有意義です。

良い時間を過ごしています。
 

「なぜ仕事を忙しい人に頼んだ方がいいのか?」

 投稿者:菅野直基  投稿日:2017年 5月22日(月)07時35分49秒
  「仕事は忙しい人に頼め」と言われますが、その理由が段々わかってきました。

1、「忙しい人」と「ひまを持て余している人」の時間の重みが違います。

「忙しい人」に取っての時間は、命そのものであり、お金以上の価値があります。その時間を軽く扱うはずはありません。後の時間がないので、今すぐ仕事をはじめます。結果、質の良い仕事を、短時間でこなします。

「ひまを持て余している人」に取っての時間は、たいくつであり、大した意味も価値もありません。だから、締切があって、追い込まれても、いつまで経ってもなかなか仕事に取り掛かりません。結果、質の悪い仕事を、長時間かけても終わるかどうかわかりません。

2、「忙しい人」と「ひまを持て余している人」は、心構えが違います。

BC.600年頃の話です。イスラエルは国を追われ、バビロンの国に捕囚として連れて行かれました。しかし、聖書に予め預言された通り、70年後に帰還することができました。

その時、民は失望し切って疲れていました。そのイスラエルに神は、「仕事に取り掛かれ。私があなたがたと共にいるからだ。」(ハガイ2:4)と語られました。

あなたは今、色々な心配や問題に押し潰され、失望し、疲れ切っているかも知れません。神は、そのあなたに向かっても、「仕事に取り掛かれ。私があなたがたと共にいるからだ。」と語られます。

今この時は、失望し、落ち込み、悲嘆にくれ、現実逃避する時ではなく、立ち上がって、与えられた仕事、使命、働きに取り掛かる時です。

その原動力は、「神があなたと共におられる」事実です。

「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」(マタイ28:20)

仕事に取り掛かる時はいつか? 今です。

今日も、神様と一緒に、新しい一日を生きていきましょう。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月21日(日)21時32分28秒
編集済
  「Now watching283」

今日は、教会と高田馬場(ファイヤーカンファレンス)の大会を行ったり来たりしました。

夕方の礼拝後には、山手線一周路傍伝道の旅の下見を兼ねて、大塚駅と巣鴨駅で伝道をしました。

山手線の一駅一駅はどこも個性的で、たくさんの発見があります。

大塚駅は、心が開けている感じがします。チラシをどんどん配ることができました。

反対に、心が開いていない感じのする駅もありました。(今日行った駅ではありませんが、駅名は控えます・・・)

一駅一駅が違うように、一人ひとりの人間は違うし、高価で尊く、素晴らしい存在なのですね。

伝道後は、環七一おいしいと言われるまぐろラーメンを完食しました。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月21日(日)18時38分27秒
編集済
  「Now watching282」

米国の路傍伝道者であるトッドホワイトは「クリスチャンテロリストになれ!」と言った。

日本の路傍伝道者の私は「キリスト教徒をやめて、キリスト狂徒になれ!」と言いたい。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月21日(日)14時32分36秒
  「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【776】2017/5/21(日) 日曜日の喜び」

今朝の日曜日の礼拝には、北海道から友人が参加してくれました。

教会で過ごす日曜日は最高ですね。

しかし、大会最終日の奉仕があるために、礼拝後すぐに高田馬場に向かいました。

3日目ですが最高に盛り上がっています。

集会終了後には、すぐに教会に戻って夕方の礼拝を行います。

行ったり来たりしていますが、時間と空間から解放されて、天国にいるようです。

その喜びを文章にするのが難しいので、今日はここまでにします。

ステキな日曜日をお過ごし下さい。
 

「聖書の正しい読み方」

 投稿者:菅野直基  投稿日:2017年 5月21日(日)07時35分50秒
  ある人が、目を閉じて聖書をパッと開き、開いたページの聖句を神からのお告げとして受け取ろうとした。

開いたページに指を置いた。目を開くと、指の下にあった聖句は「ユダは出て行って首を吊って死んだ。」であった。

「神様。とんでもないことです。どうか私に必要なお言葉を・・・」。こう言って再び目をつむり、聖書を開き指で差し、目を開いて読み始めた。

「あなたも行って同じようにしなさい」

「神様どうか冗談はよしてください。私を助けてください。どうか何をしたら良いのかお教えください」。心の中で呻きながら、もういちど目をつむり、聖書を開き、指で指し、読み始めた。

「・・・あなたのしようとしていることを明日に伸ばしてはならない」であった。(完)

これは笑い話のようですが、こういう聖書の読み方をしてしまう人がいたとしたら、それは正しくありません。

文脈を無視して聖書を読んだとしたら、全く別の意味に取ってしまうこともあり得ます。

聖書を正しく理解するためには、聖書に聞く心を持ちながら、聖書を文脈的に読んで理解しなければいけません。

最初の「ユダは出て行って首を吊って死んだ。」という聖句は、そのもの事実を語っているだけです。

次の「あなたも行って同じようにしなさい」という言葉は、ルカ10章の有名な「善きサマリア人」の例え話の結論ですし、「・・・あなたのしようとしていることを明日に伸ばしてはならない」という言葉も、ユダが首をつった記事と何の関わりもありません。

聖書は、この世界のはじまりと共に、「神」「罪」「救い」について書かれています。神がいかに人間を愛しておられるか。罪を犯した人間を何とかして救いたいと考えておられるかを聖書は語ります。しかし、その聖書を見て、太宰治のように自殺してしまう人もいます。

人を救う前に、聖書は、人の罪の姿をありのまま指摘します。それを認めたくないという思いは、聖書を知らないから起こってくる反応です。この世の中では、自分の罪を認めたら、裁かれたり、弱みを握られて、自分の立場を失ってしまう可能性があります。しかし、神は、本当のあなたを愛しておられ、救いたいのです。

聖書が罪を指摘するのは、「自分は正しい!」「人に迷惑をかける生き方をしていない!」「私を罪人呼ばわりするなんて!?」と考える人に、「あなたは罪人であり、救いが必要な人ですよ」と知らせないと、イエス・キリストが必要であることがわからいので、神を求めることができないからです。

教会では、聖書を単なる「知的理解」するにとどまらず、「体験的理解」「霊的理解」を人に与えてくれる場所です。神と出会い、神を全身全霊で理解できるようになります。

イエスは彼らに言われた。「来なさい。そうすればわかります。」(ヨハネ1:39)

新宿福興教会HP http://www.geocities.jp/sgr_ch/

首都圏から遠い方で教会に行ってみたいと思われる方には、近くの教会を紹介致します。

また、インターネットを通して礼拝を生中継しています。良かったらご利用ください。

〈1)朝10時半~昼12時 〈2)夕4時半~6時
「集会の生放送」と「録画放送(後ほどアドレスをお知らせします)」を行います。

ニコニコ動画  http://nico.ms/l/co114841
ステッカム(stickam)TV http://www.stickam.jp/profile/pastor

説教要約(Sermon summary)blog http://pastor.ti-da.net/
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月20日(土)18時49分10秒
  「Now watching282」

娘の高校のPTAで知り合ったお母さんと同じ集会に参加し、一緒に伝道するようになりました。不思議であり、うれしいです。

また、地元の区議会議員さんが大会に参加しています。不思議であり、うれしいです。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月20日(土)16時38分25秒
  「Now watching281」

特別な説教ではなく、イエス様が語られた言葉を繰り返すだけですが、そこに力があります。

応答して一緒に祈っています。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月20日(土)15時46分14秒
  「Now watching280」

ファイヤー・カンファレンス=火の大会

主講師のダニエルコレンダは言う。

「『良い集会だった』と参加者が言ったら失敗。『イエス様を頂いた』と言うような集会になってほしい!」
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月20日(土)15時18分20秒
  「Now watching279」

路傍伝道者トッド・ホワイト講演中。

相通じるものを感じますし、心燃やされます。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月20日(土)14時32分30秒
  「Now watching278」

ファイヤーカンファレンス2日目指導しています。

会場は満席で、熱気に満ちています。
 

『人生を豊かにする「試行錯誤」』

 投稿者:菅野直基  投稿日:2017年 5月20日(土)07時21分15秒
  「試行錯誤」とは、「新しい状況や問題に当面して解決する見通しが立たない場合、いろいろ試してみては失敗を繰り返すうちに、偶然成功した反応が次第に確立されていく過程」(広辞苑) です。

私たちの人生はたった一度だけです。できるだけ大きな夢と希望を持って生きていきたいものです。

夢と希望を持ったら、それに対して試行錯誤し、努力することで道は開かれます。

時には、立ち止まって「急がば回れ」がいいこともありますが、あんまり考えすぎると臆病になって何もできなくなってしまうこともあります。

失敗を恐れず、果敢に挑戦し、前に向かって生きて行く姿勢が大切です。

「わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」(ヨシュア記1:9)

「失敗を恐れて行動しない人生」よりも、「失敗しても行動する人生」を選び取って行きたいものです。

ステキな週末をお過ごし下さい。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月19日(金)23時28分26秒
  「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【774】2017/5/19(金) キリスト教の新聞に路傍伝道の記事が掲載されて感謝」(下記リンクに飛んで下さい)

今さっき、記事を掲載して頂いて感謝したばかりですが、日にちが変わって、第2弾の記事をシェア致します。

新宿の夜空に響く賛美と福音のメッセージ(その2)  路傍伝道ネットワーク 菅野直基牧師

http://www.christiantoday.co.jp/articles/23787/20170519/shinjuku-robodenndo-htm.htm

毎日、毎週、聖書からのお話や、生きる力が湧き上がるコラムを書いています。

私にとって、それらは日常茶飯事です。

ところが、私自身や私の働きについて、第三者の新聞記者の方が書いて下さることは、とても新鮮な気持ちになります。

足りない、小さな私ですが、誰かの励ましや力になれたら幸いです。

いつもありがとうございます。

おやすみなさい。また明日お会いしましょう!
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月19日(金)21時40分51秒
  「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【773】2017/5/18(木) キリスト教の新聞に私の記事が掲載されて感謝」(下記リンクに飛んで下さると記事が読めます)

この人に聞く(34)路傍で一生伝道者として生きる土台を学んだ 新宿福興教会牧師 菅野直基氏

http://www.christiantoday.co.jp/articles/23786/20170519/konohitonikiku-kanno.htm

長い時間インタビューを受けて、その内容が記事になりました。

私の元気が出るコラムは、毎週掲載して頂いていますが、特集記事にして頂いたのは久しぶりです。

私は、ただ神の愛を伝えたい。そして、そのためにいのちをかけています。

インタビューを受けながら、自分の半生を振り返りました。

神様が私を愛し、選び、神様の仕事のために使って下さって、ただただ感謝しかありません。

毎日、ステキなみなさんとネットを通して心通わせることができてうれしいです。

これからもよろしくお願いします。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月19日(金)21時11分48秒
  「Now watching277」

ステージ上ではとても頼もしい音響と照明さん。

人はそれぞれ、それぞれの分野の得意な領域があります。

それを極めて専門家になりたいものです。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月19日(金)19時32分6秒
  「Now watching276」

ファイヤーカンファレンスはじまりました。

神の霊による聖なる火が参加者一人ひとりの心を燃やしています。

心は喜びで溢れています。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月19日(金)16時41分33秒
  「Now watching275」

主講師のダニエル・コレンダとトッド、ホワイト到着!
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月19日(金)15時10分11秒
  「Now watching274」

ファイヤーカンファレンス、機材搬入し、サウンドチェックがはじまっています。いよいよです。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月19日(金)08時26分23秒
  「Now watching273」

PTA朝の見守り交通当番をしています。

朝一番にあいさつをするのは爽快な気持ちになります。

これが終わったら大忙しですが、子どもたちの笑顔に癒されています。
 

「本当の自分を取り戻そう」

 投稿者:菅野直基  投稿日:2017年 5月19日(金)07時06分3秒
  多くの人が、自分に対して否定的なセルフ・イメージ(自我像)を持っています。

自分には価値がないと感じ、将来の夢を持っていません。悲しい現実です。

アルコール・薬物などの依存者や犯罪者の多くが、低いセルフ・イメージを持っています。「自分は、そういう生き方がふさわしい」と考えるので、結果として、そのように行動してしまいます。

しかし、その考えは本当でしょうか?

聖書には、「あなたがたは神の作品であって、良い行いをするために造られたのである。」と書かれています。

これが、本当のあなた(セルフ・イメージ)です。

低いセルフ・イメージを持っている人は、間違った情報によって、マインド・コントロールされているのです。何とかして脱出しなければなりません。

聖書の言葉を自分自身に向かって語ることで、自然にセルフ・イメージが変わり、本当の自分を取り戻すことができます。

「私は神に愛されている!」「私には価値がある!」「私には無限の可能性がある!」「私は神の作品である!」「私はキリストによって新しく生まれ変った人である!」

思い出すたびに、自分に向かって神様の目に映る姿を語るなら、やがて、それが自然になり、本当のことと感じるようになり、自分を好きになり、幸せを感じるようになり、生き方が変っていきます。これが本来のあなたです。

「岩の裂け目、がけの隠れ場にいる私の鳩よ。私に、顔を見せておくれ。あなたの声を聞かせておくれ。あなたの声は愛らしく、あなたの顔は美しい。」(雅歌2:14)

神様はあなたを愛しています。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月19日(金)06時47分30秒
  「Now watching272」

地域牧師会を兼ねている「新宿大久保通り教会防災ネットワーク」(SOS防災ネット)。

かつては、この地域に牧師会はなかったので、この違いは大きいです。

歩いて行ける距離の付き合いができるので、キリスト教界の町会のようです。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月18日(木)20時41分19秒
  「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【773】2017/5/18(木) あなたが笑えば世界が笑う。あなたが変われば世界が変わる。」

深刻そうな顔の人たちの中で、一人が笑いますと、気がつけば、全員が笑うようになるそうです。

どこで実験をしても、一人が笑うことで、全員が変わるようになります。

笑い?、笑いで満たしたいですね。

もう一つ、私が変われば世界が変わると言えます。

世界を変えよう!
国を変えよう!
町を変えよう!
家庭を変えよう!
妻(夫)を変えよう!
人を変えよう!

そう考えた伝道者が、死の間際に気づいたことは、自分以外の相手を変えようとしてがんばって来ましたが、それは無理だと気づきました。

「自分を変えれば良い!」

自分が変われば、世界が変わること気づきました。

素敵なみなさんは、すでにそのことに気づいていると思います。

この後も、ステキな時間でありますように。
 

「自分の天職を知り、それに生きよう!」

 投稿者:菅野直基  投稿日:2017年 5月18日(木)07時11分41秒
  ある時、地域の方々と食べ物を囲みながら話をしていると、「ところで、菅野さんの田舎はどこ? ご両親も牧師さんなの?」と聞かれました。

「生まれは東京ですが、田舎は福島で、父方の家系は代々1000年続く神社の神主で、母方は3~4代続くクリスチャンであり、牧師の家系です。」と答えました。

「どこで狂ってしまったのかしら・・・もったいない!」と言われました。

職業に優劣はないと思っていますが、神主は高貴な神職であり、地域の名士で、素晴らしい職なのに、それを捨てて外国から入ってきた宗教家になるなんて・・・、という、心底、「もったいない!」と考えておられることを知って、そういう見方もあるんだなー、と知りました。

私は、牧師にさせて頂いて一番良かったと思っています。文章にしたためるたびに、それが実感となっています。

職業とは、神からの召しですから、一切優劣はありません。どんな職業であっても、神から与えられた天職と自覚し、自信と誇りを持って働くべきです。

大切なのは、神から与えられた天職に就いているかどうかです。

聖書は、「神の賜物と召命とは変わることがありません。」(ローマ11:29)と語ります。

天井にある蛍光灯を取り替えようとしたら、はしごを使うだろうと思います。しかし、使えないことはありませんが、高価でデリケートなピアノのような楽器を足台にしたらどうでしょうか。壊れてしまうかもしれません。

はしごははしごとして使われることが一番幸せです。ピアノは、足台に代用できたとしても、足台として活用したとしたら不幸です。一流の音楽家によって演奏される時に一番幸せを感じるはずです。

賜物と召命はセットです。はしごには、はしごとしての使命が与えられただけではなく、はしごとしての立派な性能が与えられています。ピアノも、形だけピアノなのではなく、どんな音楽でも演奏できるように、素晴らしい性能が与えられています。

神様がみなさんに与えられた天職も同じです。天職を行える能力が賜物としてすでに与えられているはずです。賜物は、それを発見し、磨いていくことも必要ですが、そんなに苦労しなくても、他の人よりも上手にできるものです。

だから、天職を発見し、その天職に就いて働けるなら、満足できるし、最高に幸せなはずです。

その天職は、喜びや充実感を与えてくれるだけではなく、生活をし、生きていくために必要なすべてを与えてくれます。

中には、転職ではない無難な職について、「本当は、○○○○になりたかったのに・・・。」と、悶々としている人がいるかも知れません。

今からでも遅くありません。自分の天職がわからなかったら、神様に祈り、神様に聞いて下さい。そして、天職に転職することも選択肢の一つです。

おそらく、多くの人が現在天職に就いていると思います。しかし、他の職業と比較して優劣をつけて、コップレックスや劣等感を感じて、自分の職業に自信や誇りが持てずにいる人もいるかも知れません。

自分の天職に確信が得られず、自信や誇りが持てないとしたら、神の目を通して再評価して、喜びと自信を持って仕事に励んで下さい。

はしごは、はしごとして使ってもらえることが一番の幸せです。はしごは楽器ではありません。いくらピアノに憧れてもピアノにはなれません。

ピアノは、演奏者のいない場所に置かれて、足台として使われたとしたら、みにくいアヒルの子ではありませんが、「私の天職、私の使命はもっと違うところにあるはず!?」と心の中に疑問が湧き上がって叫ぶはずです。

みなさんがもし、自分の天職にまだ就いていないとしたら、そのピアノのように、「私にはもっと違う使命があるはず!?」と心の中に疑問が湧き上がって叫びたくなるはずです。

あるいは、はしごが楽器になろうとがんばっているように、自分じゃない自分になろうとがんばっている人はいないでしょうか? はしごははしごとして生きていくのが一番の幸せです。同じように、あなたはあなたとして生きていくのが一番です。

「このままの姿で」(ノア:作詞作曲)という賛美歌があります。

小さな野の花でも 主の愛を受けて輝く
あふれる主のめぐみは いついつまでも
バラはバラのように すみれはすみれのように
わたしもこのままの姿でついてゆきます

空を飛ぶ鳥たちは 主の愛を歌い続ける
あふれる感謝喜びは いついつまでも
わしはわしのように すずめはすずめのように
私も主のほめ歌を歌い続ける

人生はたった一度だけです。自分の使命や天職を知り、それに生きなかったとしたら必ず後悔します。しかし、自分の使命や転職を知り、それに生きたとしたら、「私の人生、これでよかった!」と、幸せを感じながら、人生の幕を閉じられるはずです。そんな人生こそ、最高の人生ではないでしょうか。

今日も良い一日でありますように。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月17日(水)18時18分20秒
  「Now watching271」

7月の大会前の午餐会のプログラムを話し合っています。

「恵美(委員の恵美さん準備)ゼリヤ」ドリンクバーとラスク等のお菓子をつまみながら和やかに語り合っています。

1日お疲れ様でした。楽しいディナータイムをお過ごし下さい。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月17日(水)16時31分22秒
  「Now watching270」

8月の大会のための教会訪問をしました。

どの教会に行っても、とても素晴らしい出会いや再会、交わりの時を持ちました。

「お帰りなさい」と迎えてくれるようでした。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月17日(水)09時13分11秒
  「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【772】2017/5/17(水) 朝の時間は金(きん)」

昨晩は、とても疲れていたので、早めに布団に入りました。その結果、夜中に目覚めてしまって、それからいろいろな考え事をしました。

考え事の中で、少し先にやるべき仕事が次々に思い浮かびましたので、次々に書きとめました。

仕事は大きく分けて4種類あります。

①今すぐやらなくて良い重要な仕事
②今すぐやらなければならない重要な仕事
③あまり重要でない仕事
④自分でやらなくても良い仕事

重要な仕事を優先順位のトップに持って来るべきなのは誰でもわかると思いますが、その中でも、「今すぐやらなくても良い重要な仕事」を最優先にすることが大切だと思います。

つまり、今すぐやらなければならない重要な仕事は、今すぐやらなくても良い時に終わらせていくのです。

今すぐやらなければいけない仕事に追われていたら、急に、もっと重要な仕事が入って来た時に、対応しきれなくなるからです。

今日はこれから、8月に行われる大会の教会訪問のために車で出かけますし、その後には、7月に行われる大会のミィーティングがありますが、丸一日外回りなのに、眠いです。

しかし、今すぐやらなければいけない仕事は今のところありません。

早朝から、今すぐにやらなくても良い仕事に手をつけられたので、先の先にまでゆとりがあります。

この朝の時間は、一番素晴らしい金(きん)の時間だと思います。

メダルには金・銀・銅とあります。銅の時間は、「銅(どう)でも良い時間」ではありませんが、朝一番の金(きん)の時間は最高です。

朝一番に神様と祈りを通して交わることは、理にかなっています。

神の言葉に耳を傾け、神と触れ合う時に、心は聖められ、喜びに溢れ、確かな導きを受けることが出来ます。

朝一番に、インターネットや新聞、TVなどを通しての情報に触れることが悪いのではありませんが、その多くは、消極的、否定的、破壊的情報です。

力は削がれ、希望は削がれ、喜びは削がれます。

しかし、神の言葉は、積極的、肯定的、建設的情報です。

そこにいのちがあり、喜びがあり、いやしがあり、力があり、愛があります。

今朝は、新聞の執筆に時間を割きました。

昨日は、疲れていたため、文章がうまくまとまらなかったのに、今朝は全く違いました。集中することができ、文章がうまくまとまりました。

朝から眠いのはつらいですが、重要なことはすべて終わっていますし、自分がやらなくてもいい仕事は他の人に任せて、イエス様の大船(おおぶね)に乗ったような気持ちで一日を過ごしていきたいです。

この後も、ステキな時間をお過ごし下さい。
 

「目の前の必要は神からの使命」

 投稿者:菅野直基  投稿日:2017年 5月17日(水)07時57分55秒
  日本人は、一緒に何かをするのが得意だと思います。昔は、こういう日本的な文化が煩わしくて、欧米文化の個人主義に憧れていました。

二十代でアメリカに留学をし、憧れていた西洋文化の中で生活をしました。

「日本の常識、世界の非常識。日本の非常識、世界の常識」と言われますが、日本とアメリカのそれぞれにいい面と悪い面があると感じました。

留学を終えて、帰国して感じたのは、理屈抜きに、私には日本が一番だと感じました。

それ以来、日本の中に嫌な部分があるにもかかわらず、日本が大好きになりました。

私にとって外国留学は、深い意味があったと思います。

私が日本を好きでいられるのは、もう一つの理由があります。

もう一つの国籍を持っているからです。天国です。

毎日、祈りを通して天国を味わっています。天国を通して日本を見たら、全てが輝いて見えます。

天国は私を生まれ変わらせ、祝福を与えて下さいました。

米国のB・ウィルソン牧師が語った言葉が今でも鮮明に響いています。

「目の前の必要があなたの召命だ」 。

つまり、「目の前に、何かを必要としている人がいて、その必要が自分を通して満たせるなら、100%召しと思いなさい!」ということです。

ある人は、目の前に必要があっても、まず、「神様に導きを求めるために祈ってみます」と言って、実質、断ってしまいます。

もちろん、何かを決断する時に祈って決めることは大切です。

私が、講演や音楽の仕事を頼まれた時、即答しないで、必ず祈ってから引き受けることにしています。時には、断ってしまうこともあります。神様がその働きのために私を必要としておられるのかを確認したいからです。

しかし、今目の前で助けを求めている人がいて、助けたらその人の命が助かるのに、まず「祈ってみます!」というのは祈っているのではなく、自分で自問自答をし、損か得かを計算し、自分自身の身を案じているだけなのかも知れません。

天国を通して見たら、目の前に必要を求める人がいて、その必要が自分を通して満たすことができるなら、そこに「はい神様!」と言って仕える姿勢こそが、神に仕える生き方だと信じます。

「ある夜、パウロは幻を見た。ひとりのマケドニヤ人が彼の前に立って、『マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください』と懇願するのであった。パウロがこの幻を見たとき、私たちはただちにマケドニヤへ出かけることにした。神が私たちを招いて、彼らに福音を宣べさせるのだ、と確信したからである。」(使徒の働き16:9~10)

人は、神に愛され、人を愛し、神に仕えるために造られ、この世に生まれて来たのです。

今、あなたに神からの召命(使命)が与えられていませんか?

素敵な一日でありますように。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月16日(火)15時31分42秒
  「Now watching269」

ふと、毎日、絶え間なく仕事があることに感謝するべきだと感じました。

忙しく、疲れ、疲弊し、イライラすることがありますが、私の心の問題です。

「忙しい」とは「心亡す」と書きますが、忙しさの原因は、祈らないので、神の働く余地がないからです。

いつでも、神から来る、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制を頂いて生きていきたいです。

「御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。」(ガラテヤ5章22節~23節)
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月16日(火)13時17分0秒
  「Now watching268」

新聞社の人が来て、「この人にフォーカス」という記事の取材を受けました。楽しい時間でした。

昼食を食べて、午後の仕事に出かけますが、話が盛り上がったので、エネルギーを頂きました。

「そこでふたりは話し合った。『道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。』」(ルカ福音書24章32節)

午後もステキな時間をお過ごし下さい。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月16日(火)10時18分54秒
  「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【771】2017/5/16(火) 住環境に感謝」

今朝は、自転車で韓国人の牧師たちとの集まりに参加しました。仕事を済ませてからなので、だいぶ遅れてしまいましたが、自転車で3分で駆けつけました。

新宿区民になって15年経ちますが、住みやすいかどうかは別として、便利な場所です。

毎朝、駅の前で伝道をしていた時に、通りがかりのおじさんが、「あんたみたいな上品な人は、この地で生き残るは難しいぞ。雑草のように強くなれよ。応援しているからな」と声をかけてくれる人がいました。

当時は、知り合いはいても、親しい人はごくわずかで、孤独を感じていました。

そのおかげで、私はイエス様と親しくなったと思います。

消防団員になり、PTA役員をやり、様々な地域活動をしながら、地域の人たちとの関わりを築いて来ました。

4年前に、「新宿大久保通り教会ネットワーク」(SOS防災ネット)ができてからは、地域の諸教会との交流がはじまり、今では、とても深く関わるようになりました。

最初は、新宿部落に移住してしまい、「しまった?!」と思うくらい、私が生まれ育った東京都品川区中延とは正反対の町です。

「住めば都」と言われますが、今、それは実感しています。

少し前には、教会のすぐ目の前の路上で痴漢事件が起こりました。

教会の目の前のアパートで殺人事件が起こって、警察と報道陣でごった返して、出かけるのに不自由を感じたこともありました。

隣のマンションでは、DVなどの傷害事件が度々起こります。先日も、女性の声で、「助けてー!」と絞るような悲鳴が聞こえました。

すぐに家を飛び出しましたが、そのマンションにはオートロックがかかっているので入ることができませんでした。もう一度声が聞こえたら「110番」しようと思っていました。

すぐ近くには暴力団の事務所があります。警官が数ヶ月間目の前に車をとめて、警戒活動をすることもあります。

特出すべきなのは、外国人の住民登録な41%です。

「何というすごい場所に来てしまったのか?!」

私は、神が、この地に、私を遣わして下さったと信じます。

冒頭でお話ししましたが、この地は、とても便利です。

自転車や徒歩で、半数の仕事先に行くことができます。

もし私が、東京都下や、千葉、埼玉、神奈川などに住んでいたとしたら、今の仕事の量は決してできないと思います。

今でも、入ってくる仕事の半分は断ったり、キャンセルせざるを得ません。

便利なこの町に住めることを感謝しています。

しかし、部落のように、一面において閉鎖的であり、裏を返せば、古くから住む住民が団結し、親しい町です。

何が起こってもおかしくないし、誰が来てもおかしくありません。

刑務所から出所したばかりの人も度々来られます。

平日には、ホームレス、精神的に病んでいる人、ホストクラブのホスト、売春婦、キャバクラ、夜の仕事、裏の仕事の人なども訪問してくれます。

もちろん、社会的に地位があり、立派な方々も来られます。

私は、他の地域と比較してではなく、神が、この地に遣わして下さったので、良い点を探し、見出し、数えて感謝しているのです。

皆さんも、自分が今住んでいる地域の素晴らしさを数え、感謝してみたらどうでしょうか。

どこにいても、神が共におられるなら、天国の喜びを感じることができます。

この後もステキな時間をお過ごし下さい。
 

「1時間をどう使うかが人生を変える」

 投稿者:菅野直基  投稿日:2017年 5月16日(火)07時27分34秒
  日本の医師であり、医学博士の日野原重明氏は、「命を大切にするということは時間を大切にすることだ。子どもの時は自分のために時間を使ったらいい。しかし、大人になったら人のために時間を使いなさい」といいました。

あなたは1時間あったら、その1時間を何のために使いますか?

私は、少なくても毎朝1時間聖書を読み、祈ります。このような1時間の使い方をおすすめします。

祈ることで、何時間かけても解決困難な問題が、短時間で解決することは珍しくありません。

さらに祈りは、心の中にあるマイナスの感情がプラスの感情に変わり、憎しみが愛に、怒りが赦しに、悲しみが喜び変わってしまいます。

祈りの中で、今日1日何をすべきか?何をしないべきか?を神様と相談してから1日を始めたなら、1日が何倍にもなります。

次に、1時間を困った人を助けたり、誰かのお手伝いをしてみてはいかがでしょうか?

私は、少なくて1日1時間を、人のために使うと決めています。

この1時間が私に充実感と喜びを与えてくれます。お金で買うことができない喜びです。酒、タバコ、快楽や遊びを通しても得ることができない満足感です。

時間を使った相手に喜んでもらえます。その姿を見ると、さらに喜びが一杯になります。

人生に満足している人と、満足していない人の違いを発見しました。人生に満足している人の特徴は、

クリスチャンの人ならば、神様に時間と命を捧げていますし、クリスチャンじゃない人なら、人のために時間を使っています。

自分のためだけに時間を使うこともできます。自分のために時間を使っていいし、誰からも叱られません。

「たかが1時間。されど1時間」。

しかし、その1時間を毎日自分以外のために使い続けるならば、それは大きな大きな時間になり、必ず、すばらしい何かが起こります。

今朝、まず、神に祈りを捧げてから一日をはじめませんか?

神に祈ったら、誰かのために時間を使うように導かれると思います。妻や夫のために、子供のために、親のために、友達のために、困っている人のために・・・。

自分の心のままに、自分のためだけに時間を使うのか?

神の導きよって誰かのために時間を使うのか?

ここには葛藤や戦いがあると思います。しかし、その戦いに打ち勝ち、人のために時間を使う時に、必ず充実感と満足感に満たされ、「これでよかった!」と思えるはずです。

そんな幸福感を、お金を一銭も払わずに手に入れられるのです。

たくさんの時間ではなく、1時間でいいのです。あなたの1時間の使い方があなたの人生を変えます。

正確に言えば、1日2時間です。1時間は神様に祈り、1時間を人のために使うことです。

残った時間は自分の仕事と自分のために使って下さい。今日も良い一日をお過ごし下さい。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月15日(月)23時21分58秒
  「Now watching267」

今晩は、新宿駅で路傍伝道をしました。1時間40分歌い、語り、チラシを配り、伝道をしました。

16人の方々が参加して下さいましたが、1日に700万人が乗り降りする駅です。

計り知れないくらい多くの人に、イエス様の愛を伝えることができました。

とても素晴らしい時間でした。

参加して下さった皆さん、お祈りして下さった皆さん、どうもありがとうございました。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月15日(月)11時53分48秒
  「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【770】2017/5/15(月) 日本人としての自信」

日本人としての自信を持っているか?

以前の私は、漠然としたものですが、外国人に引け目のようなものを感じていました。

イエス様と出会ってからは、日本人であることがうれしくてたまらなくなりました。

神との出会は本当に素晴らしいです。

コンプレックス、劣等感、自己憐憫から解放されました。

イギリス人のシンプルな生活から学ぶ本や、フランス人の時間の使い方から学ぶ本を読んだことがあります。

大いに学ばせて頂きました。

しかし、互いに学び合い、互いに認め合い、互いに尊敬し合う姿勢は大切ですが、比較して日本が劣っているのではありません。

私は、天国人と日本人の二重国籍者です。

天国人という側面から見たら、神に造られた人間であり、神の家族ですので、共通点こそが大切です。

日本人という側面から見たら、違う点に素晴らしさであります。

しかし、多様性と共に、統一性があります。

同じ地球人です。

北朝鮮がミサイルを飛ばしたという問題は、外国の問題ではなく、同じ地球村で起こっている出来事です。

同じ村の中の一大将がやっていることです。

核も持っています。

大ごとにならないように、共に祈り、解決のために力を合わせていきたいものです。

日本人としての自信は、比較して、日本の文化が優れているなどを根拠としていません。

神が、私を日本人として生まれさせて下さったから、日本人として自信を持っているのです。

私は、この自信が必要だと思います。

日本人の中には、欧米人などの外国人に対してコンプレックスを抱いている人がいるように感じます。

しかし、第三国と言われる国々に対しては、見下すような傾向があるかも知れません。

私は、世界中の一人ひとりが、自分の国に対して自信を持つと共に、他の国々を認め、尊敬し、学ぶ姿勢を持つことが健全だと思います。

それぞれの国々にあるのは、優劣ではなく、違いてあり、多様性です。

みんな違って、みんな素晴らしいのです。

日本人として生まれたことに感謝します。
地球人として生まれたことに感謝します。
天国人として生まれたことに感謝します。

最後の天国人として生まれるためには、新しく生まれる必要があります。

「イエスは答えて言われた。『まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。』」(ヨハネ3章3節)

あなたは天国人ですか?

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3章16節)

この後も、ステキな時間をお過ごし下さい。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月15日(月)09時39分10秒
  今、あなたは喜んでいますか? 私たちには、今という時間しかないのだから。喜びを選択しよう。「いつも喜んでいなさい!」(聖書)《つぶやき55》
 

「出たとこ勝負か? 目標と確信を持って全力投球か?」

 投稿者:菅野直基  投稿日:2017年 5月15日(月)07時17分58秒
  「忙しい」という漢字は、「心を亡ぼす」と書きます。目標を定めないで、がむしゃらに動き回っている生き方は、心が疲れて、やがて倒れてしまいます。

プロゴルファーは、小さなあのホールにボールを入れることに人生と命をかけます。人生も、プロゴルファーのように、明確な目標を定めて、そこに向かって集中して働くことが必要です。

同時に、余分なことを悩んだり、心配したりしないことです。ある調査によりますと、人間が悩んだり、心配したりしていることが実際に起こる確率は10%以下で、80%以上は、実際に起こらないことだと言われます。最悪を想定して、それに対する備えは必要ですが、心配したり、クヨクヨすることは、エネルギーの無駄使いです。

聖書に登場するヨブという人は、「私の最も恐れたものが、私を襲い、私のおびえたものが、私の身にふりかかったからだ。」(ヨブ3:25)と語りました。

さらに聖書は、「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。」と語ります。

「恐れには刑罰が伴う」というのはどういうことでしょうか?

恐れるとどんな刑罰があるのでしょうか?

ヨブが語ったように、「最も恐れたことが身に降りかかる」ことです。

「恐れ」を「信仰」に変えましょう。

「信仰は、望んでいることがらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。」(ヘブル11:1)

あなたは何を望み、何を確信して生きていますか?

神の一人子イエスを救い主と信じたら、罪が赦され、神の子どもとされ、永遠の命が与えられます。結果として、幸せも、祝福も、健康も与えられ、人生が豊かになります。

人が心の奥底で求めるものは、イエスを通して与えられる救いと幸せではないでしょうか? そこには、変わることのない愛と喜びと平安、そして、永遠のいのちがあります。

神が与えて下さった救いと幸せを土台として、あなたが願うことを紙に書いて、目標を定めてください。人生の目標は、あってもなくてもいいものではなく、必ず必要なものです。

私は、何十回も外国に行ったことがありますが、目的地を決めないで飛行機に乗ったことはありません。「どこでもいいので、飛行機を飛ばして下さい」と言う人はいないはずです。

しかし、旅行よりもはるかに大切な人生を、目標を定めないで、出たとこ勝負で生きているとしたら、そんなもったいないことはありません。目標が定まっていないと、その場その場の状況や人の言葉によって振り回されますので、忙しくなり、心を亡ぼしてしまいます。

目標を定めたら、目標を信じ、さらに、目標が実現した姿を心に思い描き、その夢に向かって進んで行きましょう。

バイクの運転で重要なことは、これから進んで行く方向を見ることです。体の力を抜いてバイクと一体になれば、自然にその方向に進んでいきます。人生も、目標を見つめることで、その方向に自然に進んで行くものです。

もう一つは、確信を持って生きることです。

心を確信で満たすために必要なのは祈りです。祈ると、疑いや不安などの不要な思いは消えて、確信でいっぱいになります。

しかし、疑いや不安が消えないとしたら、目標が間違っているか、的外れな生き方をしているのを神様が教えてくださっているのかも知れません。

自分の本当の願いと、神の御心とは一致するのです。

祈ると、間違った目標や的外れな生き方は消えていきます。そして、真の目標と、それに対する確信だけが心に鮮明に残ります。

最後の決め手は「確信」です。

格闘家は、リングに上がる前に、ほぼ勝負が決まってしまうそうです。

①「負けそうだけどがんばろう!」。おそらく負けてしまいます。
②「絶対に勝ちたい!」。五分五分。
③「勝った!」と確信して戦ってこそ、勝利を確実なものとします。

その心には、一切の迷いはなく、忙しくて心滅ぼすこともありません。レーザー光線で分厚い鉄の板を切るように、一点集中で、無駄なエネルギーを使っていません。

集中していますので効率的で、楽しく、素晴らしい成果を得ることができるはずです。

忙しさ、出たとこ勝負のがむしゃらな生き方をやめて、目標と確信を持って、そこに向かって全力投球していきましょう。

今日も良い一日でありますように。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月15日(月)00時34分8秒
  「Now watching264」

4月30日に行われた「防災フェスタ2017」の取材をCGNTVが行なってくれました。

番組名:「CGN Focus」
Youtube:
https://www.youtube.com/watch?v=8zPw7IkSImc
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月14日(日)23時51分23秒
  明日の路傍伝道ネットワーク(定例)新宿駅東口の伝道は、夕方6時集合にして、祈り、準備、ウォーミングアップなどをして、6時半頃から8時まで(1時間半)行いたい思います。また、遅れたり途中から帰るのも自由です。どうぞ、行こうかどうか迷っている人は、行くことをチョイスして下さい。お待ちしています。  

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月14日(日)21時14分21秒
  「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【769】2017/5/14(日) 伝道できる幸せ」

教会の中であったとしても、教会の外であったとしても、伝道が自由にできることに幸せを感じます。

礼拝では、聖書をダイレクトに語ることができるので、本当に喜びで一杯です。

教会の外でも、石を投げられることがないばかりか、喜んでくれたり、立ち止まって歌や聖書の話を聞いてくれたり、動画撮影までしてくれる人もいました。

山手線外回り29駅を仲間たちと路傍伝道の旅を続けていますが、今日は、下見も兼ねて、目白駅と池袋駅に行きました。

時々、クリスチャンの人から声をかけられますが、今日も声をかけてくれる人がいて、一緒に伝道をしたいと言ってくれました。嬉しいです。

私が、ラーメン好き、食べることが好きなのは想像に難しくないと思いますが、伝道は三度の飯より好きです。

時々、食事を忘れてしまうこともあるくらいです。

伝道できることに感謝で一杯です。
 

「母の日に思う 父と母を敬う祝福」

 投稿者:菅野直基  投稿日:2017年 5月14日(日)07時47分31秒
  今日は母の日。

母の日は、一般的に、「日頃の母の苦労を労り、母への感謝を表す日」とされています。

日本やアメリカでは5月の第2日曜日を祝いますが、スペインでは5月第1日曜日、スウェーデンでは5月の最後の日曜日に祝うそうです。

母の日は、アンナ・ジャービスが亡き母親を偲び、母が日曜学校の教師をしていた教会で記念会を持ち、そこで、白いカーネーションを贈ったことが起源とされています。

アンナの母への想いに感動した人々が、母を覚え、母に感謝することの大切さを認識し、1908年5月10日に、教会に470人の子どもとその母親が集まり、最初の「母の日」祝われました。そこで、アンナの亡き母が好きであった白いカーネーションを贈りました。

このことから、母親が故人である人は白いカーネーション、母親が健在な人は赤いカーネーションを胸に飾ることが習慣となりましたが、現在では、母親本人にカーネーションを贈る習慣へと変化してきました。

この機会に母親を覚え、感謝する時がもてたら素晴らしいと思います。

聖書は、「あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。」(出エジプト記20章12節)と語ります。

一ヶ月後には父の日がやってきますが、聖書は、父親だけではなく、母親を敬うように教えます。

それは、父母のためというより、父と母を敬えた人が幸せになり、長寿の祝福が与えられると聖書は語ります。

父母との関係は、一番最初の人間関係です。この人間関係がうまくいっているか?まずくいっているか?で、他の人間関係に大きく影響します。

父親とうまくいかない人は、父は権威を象徴しますので、自分の目上の人、力のある人、権威のある人に対するアレルギーを持ちやすくなります。

時々、牧師である私に、非常に嫌悪感を持つ人に会います。よく聞いてみると、お父さんとの関係がうまくいっていません。そして、男らしい男性をはじめ、公務員、警察官、政治家など、力や権威のある立場の人に対して嫌悪感を持ち、敵対しています。

ある日、父親との関係がうまくいかない男性にカウンセリングをしました。やがて、「父母を敬わないこと」が罪であるとわかり、父に対する憎しみを赦しに変え、悔い改めのお祈りをしました。祈りながら男性は、嗚咽しながら激しく泣きました。

父親との人間関係が変わり、同時に、他の人間関係が改善され、トゲのない、謙遜で、明るく、ユーモアに満ちた方に変わりました。これが、この人本来の姿なのです。

これと同じように、母親とうまくいかない人も、人間関係に問題を抱えます。

ある男性は、母親とうまくいきませんでした。その母親を通して満たされない愛を女性に求めましたので、若い頃から、恋人がいない時期はなく、同棲生活もしました。やがて結婚をしますが、ほどなくして女性に逃げられてしまいます。現在では、3度の離婚歴があります。この方にもカウンセリングをしました。

母親を赦す祈りをするように促すと、「牧師先生、申し訳ないけれどそれだけはできないよ」と言うのです。しかし、最後は、渋々同意して、一緒にお祈りしてくれました。

祈りながらその方を見ると、静かに涙を流していました。お祈りが終わると、あどけない少年のようなすがすがしい顔になっていました。

祈る前は、母親に虐待され、冷たくされ、見捨てられた思い出しかなく、母親を巨大な怪獣のように感じていたそうです。しかし、母親を赦し、悔い改めの祈りをしたら、急に母親が小さく感じるようになり、何で、この小さく弱い母親を憎んでいたのかを後悔し、「母親にあやまりたい。感謝を伝えたい。しかし、今さらそんなこと言えないよなー」と、素直な気持ちを話してくれました。

聖書が、「父と母を敬いなさい」と語るのは、その本人の祝福のためにです。幸せで、長寿の祝福が与えられ、良い人間関係を築けるようになります。

今日、お母さんが健在なら、電話でもいいので、母親に対して感謝を伝えられたらいいですね。

良い日曜日をお過ごしください。

日曜日は教会に!
新宿福興教会HP http://www.geocities.jp/sgr_ch/
(メッセージを下されば、みなさんの近くの教会を紹介致します。)

また、インターネットを通して神さまを礼拝しませんか?
「生放送」〈1〉朝10時半~昼12時 〈2〉夕4時半~6時

①新宿福興教会HP http://www.geocities.jp/sgr_ch/
②ニコニコ動画  http://nico.ms/l/co114841
③ステッカム(stickam)TV http://www.stickam.jp/profile/pastor

説教要約(Sermon summary)blog http://pastor.ti-da.net/
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月13日(土)22時48分55秒
編集済
  「Now watching263」

今日は高田馬場でゴスペル路上ライブを通して「路傍伝道」をしました。

近々行われる「ファイヤー・カンファレンス」の宣伝もしました。

通りがかった地元の区議会議員さんにお会いしました。

1時間40分ノンストップ。本当にいい時間でした。

終了後には、食事会をし、さらに、店を出てから円陣を組んで、「神の国国会」をしました。

とにかく楽しいの一言です。

参加したみなさんお疲れ様でした。

聖書のメッセージを聞いた方々が、いつの日にかイエス様と出会うことができますように。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月13日(土)14時00分33秒
編集済
  「Now watching262」

強い雨が降る中、息子の高校の第一回目のPTA合同委員会に出席しています。

最初の委員会は役決め等で長引くことが予想されます。

今晩の路傍伝道(路上ライブ)の準備もあるので長引かないようにと祈りつつ。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月13日(土)12時11分16秒
  一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【768】2017/5/13(土) 日常に感謝できる幸せ」

日常の些細なことにでも感謝できる人は幸せな人です。

どんなことにも感謝を忘れない生き方をしたいです。

些細なことへの感謝を忘れると、よっぽどのことがなければ感謝できなくなるばかりか、どんなに感謝に値することがあったとしても、感謝ではなく、不足に目が向けられ、不平不満を口にするようになってしまいます。

イギリスに行くと、「考えよ。そして、感謝せよ。」と書かれた教会があります。

不足を数えるのではなく、今与えられているものを数え、考えましょう。

こういうことに気付かせて下さる神に感謝したいと思います。

「いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」
(第一テサロニケ5章16節~18節)

日常の些細なことに感謝したいものですね。

ステキな時間をお過ごし下さい。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月13日(土)09時11分37秒
編集済
  四方八方の道が塞がれたとしても、天に向かっての道は塞がれていない。「私は、道、真理、いのち」と言われたイエス様を通して神に祈ろう。あきらめてはいけない!《つぶやき54》
 

「自分を知り、長所を生かし、短所を克服する」

 投稿者:菅野直基  投稿日:2017年 5月13日(土)08時16分26秒
  私の仕事は人に会うことだといっても言い過ぎではありません。

「段取り八分の仕事二分」と言われますが、実際の仕事の4倍はそのための準備をします。

1997年に所属教会の伝道師になり、2001年に新宿福興教会の牧師になりました。

所属教会では、伝道師は牧師の卵です。責任が大きくないので、毎日、いろいろな人と会って自由に伝道をし、神学の勉強をしていました。

牧師の按手を受け、新しい教会に任命されてからは、いきなり自分が責任者になりました。会社であれば社長です。経験の乏しい私には、すべてが新鮮で、かつ、重荷でした。

当時、一番力を入れていたのは、日曜日の礼拝で語る説教です。神学校では、「説教準備には20時間はかけなさい!」と教えられましたので、それを忠実に守りました。

伝道したり、神学の勉強をする時間が極端に減ってしまいました。

説教準備の20時間は、聖書の本文を何度も読み、説教題や緒論、本論、結論を決めます。さらに、解説書を読んだり、原文にも目を通しました。下準備が終わったら、一気に完全原稿を書き上げました。10ページくらいになりました。こんなジェスチャーで、こんなジョークを入れて、笑いを取る、みたいなことも書きました。

この完全原稿を書くという作業は、自分を知り、長所を生かし、短所を克服するために行いました。

人によっては、話の筋さえ決まっていれば何時間でも話ができるかも知れません。しかし、私は、原稿を目の前に置き、それに沿って話をしなければ、途中で言葉が詰まってしまったり、ちゃんと説教ができませんでした。それが私の弱さでした。

しかし、不思議ですね、「継続は力なり」で、今では、簡単なアウトラインさえあれば、言葉と言葉をつなげて、聴衆の反応を見ながら自由に説教ができるようになりました。

今は、説教準備より、祈り備えることを大切にしています。祈ることで、神と親しく交わるので、私の言葉や存在を通して、神の臨在が会衆に伝わります。また、神によって与えられる、愛、喜び、平安、希望、力、聖霊の油注ぎなどが、説教を通して聴衆に流れますので、語る言葉に力と権威が与えられ、聴く人の人生が変えられていきます。

自分の長所と短所をよく知り、長所を生かし、短所を克服できるように、工夫したら、自分を最高にいかすことができます。

ある男性は、これといった取り柄もなく、才能もないので、違う方面の長所を伸ばそうと考えました。

人と待ち合わせをしたら、人より早くその場所にいくことを心がけ、誰よりも早く会社に出社し、一番最後に退社し、人がしたくない仕事を進んで引き受け、休日にも会社に来て、会社の周りを掃除したり、磨いたりしていました。

その直向(ひたむ)きな姿勢は、人々のうわさ話となり、たまたま通りがかった社長が目にすることもありました。評価を上げるためのパフォーマンスではなく、会社のために一生懸命尽くしていました。今その人がその会社の社長です。

別のある男性は、短所ばかりが目立つので、いつも人から好かれず、のけ者にされました。「どうせ俺なんて!?」と心でつぶやき、嘆いているだけでした。

しかし、悩むことにエネルギーを浪費するのではなく、短所を少しでも削る努力をし、その短所が目立たなくなるくらい長所を大きく伸ばしたらいいのです。

人より先にあいさつをするとか、困った人を見たら手を差し伸べるとか、いつも笑顔でいるとか、心がけ次第で長所はいくらでも開発し、伸ばすことができます。

自分を知り、長所を生かし、短所を克服することで、人生はいくらでも切り開いていくことができます。

あなたはすばらしい人です。無限の可能性を持った人です。

「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。」(ピリピ人への手紙4章13節)
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月12日(金)21時23分38秒
  「Now watching261」

私を構成する8つの性格。当たってるかも。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月12日(金)17時16分52秒
  「Now watching260」

「路傍伝道ネットワーク」の「のぼり旗」が到着し、組み立てました。

「のぼり」を手にするのが久しぶりなこともあって、圧倒されています。

明日から伝道中に広げて使います。

ギター+のぼり旗。もう車で移動しないと無理そうです。

持ち物を必要最小限にしようと考えてスタートしましたが、荷物は少しずつ増えています。

加えて、明日は雨予報。

しかし、雨だったとしたら恵みの雨に対して「アーメ(雨)ン!」。晴れたら「ハレ(晴れ)ルヤ!」でいきます!

つまり、どんな状況の中にあっても、その状況に抗わず、神に感謝と賛美を捧げて歩んでいきたいですな。

そうしたら、不平不満、不幸等は逃げていき、幸せでいられます。

この後も、ステキな時間を過ごして下さい。
 

(無題)

 投稿者:菅野 直基  投稿日:2017年 5月12日(金)11時43分42秒
  一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【767】2017/5/12(金) 神の片思い」

人を不幸にする原因の一つに、神の片思いに気付かないことが挙げられます。

子供の頃、好きになった女の子に何とかして気持ちを伝えたくて、親切にしてみたり、意地悪をしてみたり、年賀状を送って、それとなく気持ちを書いてみたりしました。

神様は、私たちへの片思いをいろいろな手段を通してして伝えておられます。

神の愛が最もはっきり現れたのが、イエス様の十字架です。

「神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。」(第1ヨハネ4章9節)

神様の愛を感じているなら、どんな時にも幸せでいられます。

人がつらく、悲しい経験をするのは、神の愛が見えず、感じず、聞こえないからです。

しかし、神は聖書というラブレターを与えられました。

韓国のゴスペルソングに、「君は愛されるため生まれた 今もその愛受けたいる」という一節があります。

今、この瞬間も、神が私を、あなたを愛しておられるのです。

その事実を信じ、受け入れて下さい。

私は、その神の愛を伝えたいので、今日も生き続けています。

いろいろな奉仕をするのもそのためです。

今日は、「宗教改革500周年大会」のための話し合いです。

今苦しんでいる人がいるならば、あなたは愛されていることを知ってもらいたいです。

そして、その事実を受け入れて、幸せを感じてもらいたいです。

この後も、ステキな時間を過ごして下さい。
 

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