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マイセン磁器の魅惑

 投稿者:188 神戸 讓メール  投稿日:2017年 6月22日(木)15時14分50秒
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  ただ今兵庫(県立)陶芸美術館(篠山市今田町立杭)で「マイセンの美」と称する超豪華磁器の
展示会が開催されています。 19世紀に創業しヨーロッパの王侯貴族に愛され続けた高級磁器の
装飾品や豪華な食器類には目を見張ります。 いずれも形が大きく費用と時間を惜しみなく
掛けて精密に作り上げた逸品ばかりで、その精緻な造りには驚かされます。

1950-60年代ニューヨークに勤務していた若い頃、ミッドタウン5番街のショーウインドウ
に高級家具や豪華な調度品を陳列した店があってさすが金持ちの住むお国柄ならではとため息を
ついた思い出があります。当時はマイセンと言わず商取引が行われる隣町のドイツ、ドレスデンが
その名前でマイセン磁器の代名前となっていました。

百聞は一見にしかず、是非陳列品の鑑賞をお勧めしたいのですが、立杭は不便な場所なので、
先ずはネットでマイセン磁器を検索して説明を読み、画像を検索して無数に出てくる写真を
閲覧される
ことをお勧めします。 会期は8月27日までです。

ネットから取り入れた写真です

    写真 1枚目 いとしのフィギュリン 人形
       2枚目 羊飼い男女像の時計
       3枚目 晩餐会の18客用 テーブル セット
 

日陰ツツジ

 投稿者:188 神戸 譲メール  投稿日:2017年 6月17日(土)13時43分53秒
返信・引用 編集済
   6月上旬見覚えのある篠山市の火打岩集落から多紀連山の御岳と小金ケ岳の間を抜ける峠道、大垰(オオタワ)越えで丹波市に出る途中、渓谷のほとりや山裾のあちこちに白くて薄いレモン色の花を一杯付けた灌木が随所で目に入りましたが名前が分からない儘通り過ぎました。

帰ってからネットで調べると、ヒカゲツツジでツツジ科ツツジ属に分類される常緑低木の1種とあり、別名が、「サワテラシ」とか。 樹高は約1-2m。山地や河岸の岩場などに生える植物で日本では4,5月にクリーム色ないしは淡黄緑色の花を付けると分かりました。

春先にピンク色の花を付ける三つ葉ツツジは何処でもよく見掛けますが少し土地が変わると珍しい種類があることに驚かされました。 標高が700mと思われる寒い風の吹く大垰にも花を付けたそのツツジを見掛けました。

 写真は日陰ツツジと花のクローズアップです。 寒い大垰でも満開の花を見掛けました。
 

あの日から75年

 投稿者:188 神戸 譲メール  投稿日:2017年 6月17日(土)10時38分38秒
返信・引用 編集済
  大阪社友会報第19号に掲載され、その後HPにも紹介されて多くの方から高い評価を頂き感謝しています。 然し会報が届かない東京社友会の方々にも読んで頂きたいので再び此処でも紹介させて頂きます。但し
写真は3枚に限定しています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今年(2016)の12月8日は日本がハワイの米太平洋艦隊に奇襲攻撃を敢行し宣戦布告をして大東亜戦争*に突入してから75周年になります。 75年前は昭和16年(1941)で私が未だ小学校の6年生だったから、今や国民の大多数が戦後生まれの人口構成になっていることを考えると戦争の記憶が残っているのはもう80才を過ぎた高齢の方々のみだろうと思われます。*戦後になって第二次世界大戦と改称

その奇襲攻撃を受けて時のルーズベルト米大統領が議会で対日宣戦布告の演説をした際に12月7日(米国東部時間)をa date which will live in infamy(破廉恥行為を受けた永遠に残る屈辱の日)と公言し、広く国民に戦意の高揚と勝利への団結を呼び掛けたのは有名な話です。そして国中がRemember Pearl Harbor(真珠湾を忘れるな)を合言葉に対日戦争の勝利に邁進した訳ですが、戦後75年を経た今日に於いても尚Remember Pearl Harborは卑怯な不意打ちを意味する代名詞として広く米国民の間に浸透しており、2001年の同時多発テロの様な事件があると必ずこの言葉がマスコミに登場します。 私自身が会社員として米国に勤務し長い年月アメリカとの経済活動に携わって来たこともあって、この言葉は何時まで経っても米国民の心から消え去ることは無いと強く実感しています。

戦後70年の節目となった昨年は旧連合国だった中国を始め他の諸外国でも大規模な戦勝の記念行事や軍事パレードが繰り広げられました。日本国内では毎年広島と長崎で原爆の犠牲者を弔う慰霊祭と8月15日には全国戦没者追悼式が執り行われています。

戦後の日本ではハワイの奇襲攻撃から突き進んだ無謀な戦争への反省や相手国に対す悔悟の念よりも、むしろ広島と長崎の原爆犠牲者の巨大さや悲惨さを強調するあまり、何時しか加害者としての視点よりも被害者の視点がより強調されて来たように思えてなりません。 日本があの無謀な真珠湾攻撃に突入していなければ、敗戦までの4年間で290万人もの将兵と、80万人もの民間人の尊い命が失われずに済んだ訳でこの悲惨さは悔やんでも悔やみ切れるものではありません。

私にも北太平洋の弧島アッツ島で守備隊が米軍の熾烈な艦砲射撃を受けて孤立無援となり、全員が自爆して名誉の玉砕と報道された若い叔父があって家族の深い悲しみを味わっています。 戦後出張でニューヨークに行った帰りのパン・アメリカンで機長が左の窓から見えるのがアッツ島と案内をした時には顔を窓に押し当て喰い入るように島影を見詰めて黙祷を奉げた記憶が今も鮮明に残っています。1年中霧に包まれていて島影が見えるのは非常に珍しいとの説明でした。

ハワイ旅行をされた方は訪ねられたことでしょうが、真珠湾で日本軍に撃沈された戦艦アリゾナをそのまま保存し砲塔部を切り取って甲板上に設けられた慰霊施設に世界中から年間百万人が訪れるハワイ観光のハイライトになっています。その他にも被害を受けた戦艦オクラホマやユターも慰霊施設として保存されており、日本が降伏文書に調印した戦艦ミズリーも記念艦として同じ湾内に係留されて一般に公開されていますので華やいだワイキキの浜辺とは対照的な光景です。

あの激戦を交えた日米両国ですが敗戦を迎えた日本は平和を希求する国に変身し驚くべき経済発展を遂げて米国とは一体不可分のような密接な友好関係を樹立したことは広く世界が認めるところです。

願わくば、そのハワイと広島及び長崎の両方に祀られている英霊の加護のもと両国の友好親善が益々発展し世界平和の達成に貢献することを祈ってやみません。

  写真は全てウエブからから取り入れたものです
     1枚目 日本のハワイ奇襲攻撃を報じる米国の新聞
     2枚目 「真珠湾を忘れるな」米国の戦意高揚ポスター
     3枚目 真珠湾に係留されている戦艦アリゾナの慰霊施設
 

マグノリアの思い出

 投稿者:188 神戸 譲メール  投稿日:2017年 4月 2日(日)15時08分43秒
返信・引用 編集済
  もう60年も前になりますが、初めてニューヨークに赴任して夏の暑さ、秋の澄んだ晴天と
厳しい冬の積雪を経験した後でした。

漸く待ちに待った春到来で、澄み切った青空が広がる4月の或る日曜日の午前、下宿していた
住いを出て少し周囲を散歩していると、自分の下宿よりも大きな高級住宅が立ち並ぶ地区の
十字路に建つ大邸宅の庭先にチュリップの形をした紫色の花を枝先にいっぱい付けた大木を
見つけて、珍しさのあまり暫く立ち停まって見入っていました。

初めて見る紫の花を鈴なりに付けた大木で、名前も分からない儘急いでカメラを取りに
下宿に引き返しました。 そして家主のエリックソソン夫妻にその話したら多分
「マグノリア」magnoliaだろうとの説明でしたが、英語名を聞いても日本名は分からない
儘でアメリカ固有の花木とばかり思っていました。

それがモクレン、漢字で木蓮と書く花木で花が白と紫の2種類あって中国の暖かい
南部地方が原産地と分かったのは帰国後何年も経ってからでした。遠い昔に中国から
日本にもアメリカにもその木は海を渡っていたんです。

今年も会社の庭先に咲いた白木蓮を見ると、遙か遠い昔ニューヨークで初めて見掛けた
紫色のマグノリアを思い出して感慨がひとしおです。

   写真   1枚目  三月末に満開となった私の白木蓮
        2枚目  ウエブから取り込んだ紫木蓮の花
        3枚目  思い出の深い大きな紫木蓮の樹形
                                                 画面クリックで拡大します
 

春の気配

 投稿者:188 神戸 讓メール  投稿日:2017年 2月22日(水)14時56分46秒
返信・引用
  今年の冬は寒いですね。 立春も雨水も過ぎたのに文字通りの三寒四温の繰り返しで春が待ち遠しい
今日この頃です。 そして寒さに気を取られている内に、今日は春の気配に気が付きました。

 写真  1枚目  庭の白モクレンの蕾が大きくなって来ました。満開は桜の頃でしょうか。
     2枚目  我が家の庭に咲いた福寿草でウエブサイトの写真ではありません。
     3枚目  福寿草は朝萎んでいて、太陽が昇り暖かくなると開きます。
 

電飾の歳末風景

 投稿者:188 神戸 讓メール  投稿日:2016年12月17日(土)15時57分12秒
返信・引用
    近年はどの街でも電飾のイルミネーションが普及し歳末の風物詩になっています。
それと一緒に毎年相変らずお目見えするのが忠臣蔵とベートーベンの第9ではなかろか、
と言う気がします、

  ウエブ サイトから都会のイルミネーションを3点選びました。
上から順に 東京の丸の内、 大阪の御堂筋、それに神戸のルミナリエです。
歳末の夜空にきらめく風景をどうぞ。


 

燃える秋

 投稿者:188ー神戸 譲メール  投稿日:2016年11月14日(月)10時44分41秒
返信・引用
  此処加東市から北の西脇市を経て、小1時間走ると丹波の国となり、
現在の丹波市の鄙びた山裾に高源寺と言う古刹があって昔から紅葉が
有名です。

昨日見に行った人の話では日曜日で晴天に恵まれ、ひと際鮮やかな
紅葉だったので、早速ネット画像を集めました。 燃える秋です。

国道427号線沿いに精々10数軒の小さな集落があって、お寺の
境内には自然石を敷き詰めた緩やかな登りの階段の上に、もう何百年も
経たであろう古びた灰色の本堂が建っており、今にも壊れそうな姿を
していて文字通りの古刹です。

今迄に3回見に行って、この様な紅葉を見たのは1回のみでした。
他の2回は、未だ早いと思って居る内に、時期を逃してしまい
既に葉が散ってしまった後でした。 やはり見に行くなら11月半ば
です。  お寺の詳細は「丹波の高源寺」でどうぞ。
    
 

秋深し

 投稿者:188-神戸 譲メール  投稿日:2016年11月 2日(水)16時15分43秒
返信・引用 編集済
  庭に咲いた草花のホトトギスと野鳥のホトトギスです。
秋の深まりを感じさせます。 丁度今日のウエブ ニュースで
丹波の「氷の山」に初冠雪と読んで昔の登山を思い出しました。
11月初旬に出掛けて、降雪がひどくなり途中で引き返した
思い出があります。

写真 上  初冠雪の氷ノ山 (ウエブ画像)
   中  庭に咲いた草花のホトトギス
   下  野鳥のホトトギス (ウエブ画像)
 

紅葉の季節到来

 投稿者:188-神戸 譲メール  投稿日:2016年10月18日(火)15時22分18秒
返信・引用 編集済
  10月も半ばになると桜や柿の葉が色ずき、紅葉の季節到来を予感させます。

この一両年の駄作をメール仲間に披露したので、その中から3点を選んでみました。

場所に依って深紅、黄金、その他の秋色が季節の移ろいを感じさせます。

北アルプスの奥穂高岳と涸沢岳に囲まれたカールは深紅が鮮やかなナナカマドが眼に滲みます。
上高地から2泊3日の旅程で10月10日に泊まった涸沢ヒュッテは秋色一色でした。

真ん中の絵はアメリカで、土地が広くて黄金色の景観が広がり、広大且つ雄大です。

同じ秋でもパリの様な大都会では建物と街路樹が程良く調和した落着いた秋景を演じます。


写真上 北アルプスの奥穂高岳と涸沢岳直下のカールに位置するナナカマドの深紅

写真中 アメリカ バージニア州の農家にも秋が到来

写真下 パリの秋、シャンゼリーゼ界隈に位置する有名レストラン「フーケ」
 

「山の日」に因んで

 投稿者:188 神戸 譲メール  投稿日:2016年 8月 9日(火)13時11分11秒
返信・引用 編集済
  2年前に制定された国民の祝日「山の日」が8月11日に施行日を迎えます。法律は「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝すること」と謳っています。

中年を過ぎた頃から登山の魅力を覚え、大抵は近畿の低山が行動範囲でしたが、富士登山や北アルプスにも思い出があって、或る夏にはスイス・アルプスの登山基地ツェルマットから登山電車で3,089mのゴルナーグラットに登り、眼の前に現れた巨大なマッターホルン4,478mを仰いで言い知れぬ胸の高鳴りを覚え、また眼下に広がる長大なゴルナー氷河の光景に凄く感動した記憶が今も鮮明に残っています。

山岳風景が好きで余技に描いた過去の油絵を眺めながら当時を懐かしんでいす。

  写真 上 奥穂高岳から槍ケ岳を望む
     中 八方池に影を落とす白馬三山
     下 ツェルマットから眺めたマッターホルン

 

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