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tya-tyann kyou mo aetane

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2013年 9月10日(火)05時53分51秒
  derukasira  
 

さようなら「チャーチャンの家」

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2013年 8月31日(土)21時09分8秒
  2004年にはじめて「チャーチャンの家」をアップロードしてから10年でした。最初のホームページをCDに保存しておいたので、パソコンに入れて開いてみました。10年の歳月が懐かしくて泣けてしまいました。印刷して、最新のものと並べてみています。今日の12時で「チャーチャンの家」は見えなくなるのですねあと3時間足らず。その瞬間をパソコンを開いたままで見ていたい。ドライな目で見ていよう。じゃーね。チャーチャンさようなら。  

「チャーチャンの家」さようなら

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2013年 8月20日(火)21時13分45秒
  本当に長い間、応援していただいたホームページ「チャーチャンの家」にさようならを告げる日が来てしまった。家の主が新しいパソコンを買い入れることになって、私もそのパソコンを使うことになったので、いままで、ニフティで創っていたホームページがなくなることになってしまった。新しいパソコンのサーバーは「イーモバイル」というそうで、9月1日に入るそうです。またホームページを作りたいと思っています。また皆さんに見ていただけるといいなあと思っています。パソコンをやり始めたのは63歳でした。いま73歳で、10年間「チャーチャンの家」を開いていたのですね。またお会いしましょう。  

入るのでしょうか。私の願い

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2013年 6月18日(火)19時44分57秒
  73歳になったせいか年を感じている。リックをしょっていったのにいつの間にか背中にリックが亡くなっていたのはすごくショックだった。スーパーでインスタントの食材を買って帰ってきたら、冷蔵庫に前日買い物に行って買ってきていた。それも2品種がだぶっていた。夫に話したら「俺だってそうさ。みんなそのうちそうなるんだから」と気にも留めない風だったけど、5歳年上の私は猫のチャーチャンがいるうちは生きていてやりたいし、透析をしている夫も私が先にいなくなっては困るかもしれない。後5年くらいは正常に生きていたいのが私の今の願いです。  

ポータブルビデオデッキを買った。

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2013年 6月 1日(土)16時41分32秒
  CDに保存していたビデオをDVDに入れなおしている。やがて老いたら、パソコンを開けないでビデオデッキで見たいから  

庭に芍薬が咲いた。

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2013年 5月21日(火)11時32分55秒
編集済
  今年、牡丹が咲かなかった。その代わりに、芍薬が咲いた。牡丹の咲く年は芍薬が咲かない。どういうわけかしら、一昨年と同じように、黄色い大きな花が咲いた。昔、40年も前に、東京目黒の東山のマンションの庭に、牡丹を植えて、ゴールデンウィークのころに必ず見事な花がいくつも咲いた。そのことを忘れないで、別々の庭に牡丹を丹精込めて、咲かせていた人がいたことを最近知った。赤紫のシランに囲まれて、黄色の芍薬が見事に咲いているのを見ている。
 

悲しい出会い2

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2013年 5月 5日(日)19時59分30秒
  音楽が入るの?実験。ダメでした。ビデオを入れました。
 

悲しい出会い

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2013年 5月 1日(水)20時28分7秒
  昨日の朝、我が家の前の路上に、タヌキが死んでいた。冬眠から出てきたばかりだったのかしら。車にはねられたような感じだった。太ったかわいいタヌキだった。家族がいただろうと思うと残された子供たちのことが心配だった。駅へ向かうどこかのお父さんが「私が役所に連絡しますよ。」と、言ってくれた。9時には役所の車が来て、タヌキを運んで行ってしまった。去年我が家の裏山で見かけたタヌキだったのではないかと悲しかった。今朝は嘴の黄色い子雀が1羽死んでいた。うちのチャーチャンがやったのかしらと不安でしたが、「子雀ちゃんごめんね」と言いながら堀の中に流してやった。今の季節は悲しいことが多い。
 

蝶は黄金虫に食べられてしまった。

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2013年 4月26日(金)19時25分52秒
  自然界の掟の通り、怪我をして飛べなくなった蝶は八日目に黄金虫に食べられてしまった。仕方ないことだけどそれはとても悲しいことでした。ここへ来て20年の間に田舎料理のことや生活の様々なことを教えてくれた近所のお年寄りが、次々と老人ホームへ入所してしまって私はとても悲しい。身寄りが近くにいなくて尋ねる人も少ないと思う。訪ねて行くととても喜んでくれた。手を握り締めて、涙を流して喜んでくれた。来てよかったと思った。10年後の自分の姿を思っていた。
 

蝶の命

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2013年 4月23日(火)20時25分31秒
編集済
  もう、六日前の昼下がり、裏庭の草陰に、黒い大きな蝶が止まっていた。夏ミカンの大木に、この黒い蝶がよく舞っているのを見た。ミカンの木に卵をうみつけるらしい。地面から10センチもない所に蝶がいたので、産卵が終わって、命を終えるところなのかと思った。翌日も、また翌日も、蝶は止まったまま動かない。「死んでいるのかな」と思ってそっと触ってみたら、地面すれすれにパタパタと飛んだ。よく見たら、羽が破れていた。鳥か虫かに襲われて、瀕死で地面に落ちてきていたのだろう。でも、もう、ヒラヒラとは飛べない。自然界では傷ついた生き物には死だけが待っている。何とか飛びたいと懸命に生きている蝶が哀れで、何もしてやれない自分の無力を感じながら、毎日見続けている。一周忌をしたばかりのおばあさんのいる仏壇にいろいろな願い事を祈っている。今はこの黒い蝶が飛んでゆけるようにといつも祈っている。
 

大社のしだれ桜満開!

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2013年 3月23日(土)19時02分22秒
  20年にして、はじめて、三島大社のさくらを見に出かけました。みごとなこと、池に映る桜のきれいなこと、言葉を失う景色でした。広小路の駅からほど近いイタリヤレストランで、美味しいスパゲティで、お昼を食べて、さくらを見に出かけた。母の一周忌も過ぎて、ホッとした一日でした。

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三寒四温 外は氷雨・・・

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2013年 2月27日(水)09時41分56秒
編集済
  母の一周忌は無事に終わった。当日は晴れていたけどつめたい風が吹いていた。埼玉や東京から来てくれた人達は「今朝は4時起きだった。」といいながら9時には住職さんのお経に合わせて合唱していた。11時には場所を変えて、「サンバレー富士見ヶ丘」でなおらいの食事会をした。ホテルの名にふさわしく、宴席の窓から富士山が美しい姿を見せていた。近くで酒屋を営む妹がいつものように酒やワインを差し入れてくれて、おばあちゃんの遺影を囲んで1年ぶりの再会を喜んで「キャー、キャー」と歓声をあげて楽しそうな席であった。前日「一周忌は無事に終わるのかしら?」と悩んでいたのが夢みたいな時間が経過した。時が過ぎて、夫は散会のあいさつをし、お返しの包みを配り、わたしは「来年の三回忌にもぜひおいでくださいね。」と言葉をかけて帰りの車へ案内し、お見送りしておわった。納得してもしなくても親戚付合いってこんなものなんだろうなと納得した。

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今年は寒い。

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2013年 2月22日(金)10時27分26秒
編集済
  去年3月6日に20年近く一緒に暮らしてきたおばあちゃんが亡くなった。その一周忌の法要がここ大仁の菩提寺で執り行われることになっている。早く無事に済んでくれることを願っている。
 ところ変われば「常識」も変わる。50歳を過ぎて、再婚して伊豆にやってきて、すでに認知症であったおばあちゃんを介護して、人工透析患者の夫を世話し続けての20年、「生半可の苦労じゃなかった」と本当は言ってやりたい。ところが、去年のお葬式の終わった翌日に思いもかけない義妹の抗議の電話に驚き、義妹の甲高い大声がこの一年、頭を離れなかった。「70も過ぎて常識をわきまえなさい。仏の顔も2度3度と言うでしょ。私は許しません。反省しなさい。」との内容を繰り返し大声で言って、葬儀に参列してもらったお礼を伝えようとして私がかけた電話を一方的にガチャンと切られた。それから1年が経とうとしている。義妹たちに代わって母親の介護をしてきた嫁の立場の義理の姉に対して、「母のお世話をありがとう」の一言もなくて、この電話を詫びる言葉のひとこともないままに、明後日一周忌の法要にやってくるという。これこそ信じられない話だと私は思っている。
 

明後日東京へ行ってくる。

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2013年 1月14日(月)09時52分18秒
編集済
  宅地建物取引主任者証の更新のために、東京へ行ってくる。20年以上前にこの資格を取って以来、不動産取引の現場では一度もつかったことはないけれど、自分の生きてきたことの証明みたいな感じで、更新し続けてきた。6時間の講習を受けると、自分の知らない法律が次々とできていて、世の中がどんどんと変わっているのを感じる。とてもじゃないけれど私なんか本当は役に立たないとつくづく感じて帰ってくるのだ。これで5年間有効期間が延長されるけれど、次回の延長はないかもしれない。講習は4時に終わるので、大崎に住む妹と会って、お茶を飲んで品川から新幹線に乗って、夜伊豆に帰ってくる予定です。
 

三菱ミラージュに換えた

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2012年12月18日(火)10時17分1秒
  愛車BMWが、ついに、息切れして動かなくなってしまって、師走のここえきて車を買い替えた。今度は「三菱ミラージュ」だって。BMWに2年乗って、楽しかった。今度は国産車だ。この選挙で民主党が大敗してしまって、自民党の大勝利で、来年が怖い。いろいろと元気を出して頑張るしかない。来年に向かってエンジンかけよう。この16日に、倉敷へ行って、孫娘、八重ちゃんに会ってきた。本当に小さくて可愛かった。元気で泣いていた。  

ホームページに冬が来た。

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2012年12月 3日(月)17時42分16秒
  季節がどんどん変わって、師走になってしまった。倉敷の孫娘たちの七五三のお参りに初めて二人で行った。運よくお天気が良くて、楽しい一日を過ごしてきた。12月には3番目の子が生まれそうで、幸せでよかった。  

紅葉の蓼科高原に行ってきた。

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2012年10月30日(火)11時18分54秒
  まず驚いたことは、朝9時20分に我が家を出発して、三島で新幹線に乗って、東京で、長野新幹線に乗り換えて、13時には高原の入り口佐久平駅に降りていた。伊豆の我が家から信州の蓼科の宿へ4時間足らずで着いていたことでした。20回目の同期会をしてきた。昭和34年、高校を卒業して、全国から東京電力へ入社した同期生の集まりが70歳を超えて続いているのが感慨深い。福島の原発事故に至るいろんな苦労を支えあってきた仲間たちだから。食卓の上に食後に飲む薬が並び、お葬式の話とお墓の話に華が咲き、高原の宿の夜は更けました。 
 

黒部渓谷を見てきた。

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2012年10月15日(月)10時57分8秒
  今まで見た最高の絶景と思った。本当は黒四を見たかったのだけれど、今回の宇奈月からのルートでは黒四に回れなかった。トロッコ電車に乗った。温泉も入った。渓谷を歩いた。トロッコ電車の脇に並行して、高さ150センチ足らずのトンネルが造られていた。雪に埋もれた冬場に宇奈月から発電所などへの工事現場へ行く道で6時間もかかるトンネルだという。今もところどころに工事の人の姿があった。「黒部の太陽」という映画があったけれど、これを作った人たちのすごいファイトを感じる旅でした。  

りゅうちゃんの声が聞こえない

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2012年 9月22日(土)19時39分43秒
  近所の家の柴犬りゅうちゃんは、もう、老犬になっていて、よく啼いていた。パソコンを教え始めた時、りゅうちゃんの写真を持ってきて、スキャナーでパソコンに取り込む方法を勉強した。あれから十何年もたっていて、りゅうちゃんもすっかり年をとっただろう。2年ほど前から、どこかで獣の遠吠えのような声が夜になると聞こえていた。どこかに獣が置き去りにされているのかと思って、昼間、声のあたりを探してみたら、それがりゅうちゃんであった。家人の見えない1階の庭に放し飼いになっていた。朝晩ちゃんと食事は出しているけれど勤めに出ている昼間はりゅうちゃんは誰にも会えなくて、それが寂しくて鳴いているようだ。人間も動物も同じで、老いると一層一人でいるのが寂しいのだろう。そのことを理解してから、獣の悲しそうな声を聞いても気味悪くなくなった。りゅうちゃんがいるのだなと安心していた。でも、昨日からその声が聞こえない。きっとりゅうちゃんはあの世へ行ってしまったのだろうと思っている。  

[チャーチャンの家」更新

 投稿者:チャーチャンのママ  投稿日:2012年 9月 6日(木)14時34分22秒
  ようやく更新したけど、パソコンをあまりいじらないでいるうちにパソコンのほうがどんどん進歩していて、簡単に出来るつもりでいたことがなかなかできなくなっていました。日々勉強しなくてはいけないとよく分ったところです。  

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